
「法人保険には入っている。でも、いくら備えれば十分なのか、正直よく分かっていない」。従業員承継(MBO・EBO)を進める社長から、そんな声を聞くことがあります。10月は下期のスタートとともに、最低賃金の改定や年末調整の準備で総務・経理が慌ただしくなる時期です。保険証券を見直す余裕がないまま、また1年が過ぎていく——そんな状況ではないでしょうか。
法人保険の保障額は、なんとなくの金額で決めるものではありません。借入金の残高・当面の運転資金・退職金や弔慰金の見込み額という3つを積み上げて考えると、いま必要な保障額の物差しが見えてきます。この考え方を、承継の世界では「事業保障資金」と呼びます。
保障額の物差しがないまま契約を続けると、いざというときに保障が足りず、後継者が資金繰りと経営の両方を一度に背負う事態になりかねません。逆に、過大な保険料を払い続けているだけの場合もあります。この記事では、従業員承継(MBO・EBO)を進める中小企業の社長・後継者に向けて、法人保険の保障額を考える3つの視点を整理します。
この記事はこんな方におすすめです
- 従業員承継(MBO・EBO)を進めている社長の方
- 法人保険には入っているが保障額の根拠が曖昧な方
- 保険証券を見直す時間が取れていない経営者の方
- 後継者に保険の中身を説明できず不安な方
この記事で分かること
- 保障額があいまいなまま承継を進めるリスク
- 事業保障資金を3つの視点で積み上げる考え方
- 保障が整った先に手に入る安心
- 自社だけで進める限界と、KICKの支援の中身
私たちは中小企業診断士・事業承継士として、法人支援実績150社以上のなかで、従業員承継(MBO・EBO)を進める社長からの法人保険のご相談を数多くお受けしてきました。読み終えるころには、いまの契約の保障額が承継フェーズに合っているかどうか、ご自身で点検できる状態になっているはずです。
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法人保険の保障額があいまいなまま進む事業承継(従業員承継・MBO)のリスク

従業員承継(MBO・EBO)では、株式の買取資金や個人保証の引継ぎに関心が集まりがちです。その裏で、会社が長年払い続けてきた法人保険の中身は、後回しにされやすい項目です。
証券は金庫にあっても、保障額の根拠を説明できる社長は多くありません。「入っているから大丈夫」という思い込みが、いちばんの落とし穴です。保障額を決めた当時と、いまの借入金の残高や事業規模が、そのままとは限らないからです。
このまま保障額の物差しを持たずに承継を進めると、次のような事態が起こりえます。
| 起きうる場面 | 保障額があいまいな場合に起きること |
|---|---|
| 現経営者に万一のことがあった場合 | 借入金の返済と当面の運転資金が同時に必要になり、後継者が資金繰りに追われる |
| 後継者への株式移転を進める場面 | 買取資金の裏付けが法人保険と結びついておらず、金融機関への説明が弱くなる |
| 保険料の負担を見直す場面 | 目的があいまいな契約を惰性で続け、必要以上の保険料を払い続けている |
特に借入金の返済が続いている段階で経営者に万一のことがあると、後継者は返済と資金繰りを同時に背負うことになります。この負担を軽くする備えが、次の章で扱う「事業保障資金」の考え方です。
金融機関との関係にも影響します。前社長のときは長年の付き合いで柔軟に対応してもらえていたことが、後継者の代になると同じようにはいかない場面があります。備えが数字で語れる状態にしておくことは、こうした関係の築き直しにも役立ちます。取引先にとっても、承継後の会社が資金面で不安定になっていないかは気になるところであり、備えの有無は目に見えない形で信用にも関わってきます。
保障額が後回しにされる理由は、決して珍しいことではありません。契約した当時の担当者がすでに退職していたり、証券の見直しは税理士や保険担当者に任せきりになっていたりすることが多いためです。加えて、法人保険は「入っているかどうか」で安心してしまいやすく、「いまの経営規模に対していくら備えているか」まで意識が向きにくいという事情もあります。
事業承継は親族内承継・役員や従業員への承継(MBO・EBO)・第三者へのM&Aという3つの型に分かれますが、法人保険の保障額を積み上げて考える視点は、株式を買い取って経営を引き継ぐ従業員承継(MBO・EBO)でこそ特に重要です。買取資金の返済という新しい負担が、承継直後の会社にのしかかるためです。加えて、被保険者や受取人が先代経営者のまま据え置かれているケースも多く、契約の名義と、実際に経営を担う人が一致していないという見落としも起こりやすくなります。
事業承継と法人保険の基本を先に押さえたい方へ
後継者が押さえたい相続税・贈与税への備え、特例承継計画、法人保険の活用法をまとめています。
従業員承継(MBO)の法人保険|事業保障資金を3つの視点で考える

保障額を「なんとなく」ではなく積み上げて考えるとき、目安になる考え方が3つあります。順番に確認していけば、専門知識がなくても物差しを作ることができます。
1つめ|借入金の残高
株式買取資金や設備資金として借り入れた残高と、その返済がいつまで続くのかを確認します。返済期間が長いほど、その間に経営者に万一のことがあった場合の備えの重要度は高くなります。借入れが複数の金融機関にまたがっている場合は、金融機関ごとに残高と返済スケジュールを一覧にしておくと、あとの整理が格段に進めやすくなります。
2つめ|当面の運転資金
経営者に万一のことがあると、取引先や金融機関の見方が一時的に変わり、資金繰りが不安定になる期間が生じます。人件費や仕入れの支払いを止めずに済む運転資金を、数か月分の目安で見積もります。業種によって回収サイトや在庫の持ち方が異なるため、目安になる月数は一律ではなく、自社の資金繰り実態に合わせて考えることが大切です。
3つめ|退職金・弔慰金の見込み額
役員退職慰労金は功績倍率法などの考え方で見積もることができ、死亡退職金・弔慰金には一定の非課税枠があります。金額の計算は税理士の領域ですが、備えるべきおおよその規模感を把握しておくことは経営判断として必要です。退職慰労金規程が整備されていない会社では、まず規程そのものを整えるところから着手することになります。
この3つを積み上げた金額が、いまの会社に必要な事業保障資金の目安になります。一般的な保障設計では、次のような項目を洗い出して整理します。
ここで注意したいのは、3つの項目を単純に足し合わせるだけでは、実態からずれることがあるという点です。たとえば借入金の一部にすでに信用保証協会の保証や別の担保が付いている場合、事業保障資金としてすべてを積み上げる必要はないかもしれません。逆に、複数の金融機関からの借入れが管理しきれておらず、実際の残高が把握しきれていないケースもあります。金額を出すこと自体が目的ではなく、いまの会社の実態を正しく洗い出すことに意味があります。
| 検討項目 | 確認する内容 |
|---|---|
| 借入金の残高 | 株式買取資金・設備資金などの残高と返済が続く期間 |
| 当面の運転資金 | 万一の際に資金繰りが不安定になる期間の人件費・仕入れの目安 |
| 退職金・弔慰金の見込み額 | 功績倍率法などの考え方に基づく見込み額と、非課税枠を踏まえた弔慰金 |
架空の金額を当てはめるのではなく、自社の実際の借入金・月商・退職金規程を並べて確認することが出発点です。積み上げた事業保障資金の目安が出たら、次はいまの契約の保険金額と照らし合わせます。大きく上回っていれば保険料の払い過ぎ、下回っていれば保障不足の可能性があります。どちらに寄っていても、承継のタイミングは見直しの好機です。
あわせて、契約者・被保険者・受取人という3つの立場が、いまの経営体制と合っているかも確認しておきたいところです。被保険者が退任予定の先代のままだったり、受取人が承継後の資金使途と噛み合っていなかったりすると、せっかく積み上げた保障額も実態とずれてしまいます。事業承継専属の保険代理店としての整理の進め方は、次のページでまとめています。
事業承継専属の保険代理店という考え方 中小企業の事業承継において、法人保険は長年にわたり「とりあえず加入してきたもの」になりがちです。創業期、成長期、拡大期と、その時々の経営判断の積み重ねで保険は増え、気づけば保険料負担が重くなっているケースも少なくありません。 一方で、「保険をやめ...
保険会社名や商品名、断定的な返戻率には触れません。あくまで「いま何に、いくら備えるべきか」という物差しを一緒に整理するという立場です。
この段階でも、売り込みは一切ありません。証券をお持ちいただく必要もなく、まずは現状を整理するところからで構いません。
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事業保障資金を整えた先に手に入る、承継後の安心

保障額の物差しを持つことは、単なる保険の見直しではありません。承継後の経営そのものを軽くします。保険料をただ払い続ける状態から、「何のために・いくら備えているか」を自分の言葉で説明できる状態へ変わることで、見える景色が変わります。3つの軸で見てみましょう。
資金繰りの軸
借入金の返済と当面の運転資金があらかじめ見積もられていれば、万一のときも資金繰りの慌ただしさに追われず、落ち着いて対応できます。返済のために慌てて追加融資を申し込むといった場当たりの対応から解放されます。
後継者の集中力の軸
保障額の根拠が整理されていれば、後継者は「この保険が何のためにあるか」を理解した状態で経営に集中できます。証券の中身を手探りで調べる時間を、経営そのものに使えるようになります。引継ぎのタイミングで慌てて内容を説明する必要もなくなります。
取引先・金融機関との信頼の軸
事業保障資金の考え方が整理されていることは、金融機関への説明にも役立ちます。万一の備えが具体的な数字で語れる会社は、取引先や金融機関からの見方も安定しやすくなります。承継後、後継者が新社長として初めて金融機関と向き合う場面でも、備えの根拠を持っていることは大きな支えになります。
保障額の物差しを持つことは、保険料を払い続けること以上の意味を持ちます。資金繰りの安心、後継者が経営に集中できる環境、そして取引先・金融機関からの信頼を、共に手に入れましょう。
自社だけで進める事業承継の限界と、法人保険を含めた伴走支援

借入金の残高、運転資金の目安、退職金の見込み額——それぞれは社内の数字を集めれば把握できます。ですが、それらを1つの保障額に積み上げて、いまの契約と照らし合わせる作業は、社長ひとりで抱えるには負担が重い作業です。
日々の経営に加えて、保険証券の読み解きや金融機関ごとの残高整理まで自分でこなすのは、時間的にも専門性の面でも簡単ではありません。判断を誤ったまま承継を進めてしまうと、後になって「保障が足りていなかった」「払い過ぎていた」と気づいても、取り返しがつかない場合があります。
税理士は税務の専門家、保険担当者は保険の専門家です。それぞれの専門家が個別に見ている状態では、話が噛み合わないまま時間だけが過ぎてしまうことがあります。だからこそ、全体を一つの設計図としてつなぐ役割を持つ専門家に相談する経営者が増えています。
私たちKICKコンサルティング株式会社(銀座本社)は、中小企業診断士・事業承継士として、承継全体の設計と伴走を行います。加えて事業承継専属の保険代理店として、法人保険を「売るもの」ではなく「承継フェーズに合わせて役割を再設計するもの」という立場で点検します。削りすぎれば万一のとき事業継続や家族の生活に影響が出るため、過不足の両面から確認します。
具体的には、契約書類(保険証券・設計書)を確認しながら契約目的・被保険者・受取人・保険金額を洗い出し、借入金や事業規模の実態と照らして事業保障資金の目安を算定し、承継の計画・スケジュールとの整合性を確認する、という流れで進めます。
- 契約書類を確認し、契約目的・被保険者・受取人・保険金額を洗い出す
- 借入金や事業規模の実態と照らし、事業保障資金の目安を算定する
- 承継の計画・スケジュールとの整合性を確認する
この一連の作業は、税理士・保険担当者それぞれの専門領域を横断します。全体を1つの計画図としてまとめる役割を担うことが、私たちの価値だと考えています。
税理士・保険担当者・後継者の話が噛み合わない状態を、全体設計でつなぐことがKICKの役割です。他の専門家を否定するのではなく、共通の課題である「バラバラのまま時間だけが過ぎる状況」を、一緒に整理します。
事業承継と法人保険をまとめて確認したい方へ
後継者が押さえたい相続税・贈与税への備え、特例承継計画、法人保険の活用法をまとめています。
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事業承継と法人保険のよくある質問|従業員承継MBOのギモンを解消

Q. 事業保障資金とはどのような考え方ですか?
A. 経営者に万一のことがあった場合に、会社が事業を続けるために必要な資金の考え方です。借入金の返済見込み額・当面の運転資金・退職金や弔慰金の見込み額を積み上げて、必要な保障額の目安を出します。死亡退職金のように受取人(遺族)へ渡る資金や、自社株の買取資金とは目的が異なり、あくまで「会社自身の事業継続」に焦点を当てた考え方です。
Q. 法人保険の保障額はどう決めればよいですか?
A. 借入金の残高、当面の運転資金、退職金・弔慰金の見込み額という3つの項目を洗い出し、積み上げて考えます。感覚的な金額ではなく、自社の実際の数字から出発することが大切です。積み上げた目安と、いまの契約の保険金額を照らし合わせることで、過不足が見えてきます。
Q. なぜ従業員承継(MBO)では特に保障額の見直しが必要ですか?
A. 株式の買取資金という新しい借入れが加わるためです。返済が続いている期間に経営者に万一のことがあると、後継者は返済と資金繰りを同時に背負うことになります。親族内承継に比べても、承継の直後に新たな借入れが発生しやすいという特徴があります。
Q. 保険料は全額が損金になりますか?
A. 2019年(令和元年)の通達改正により、法人向け定期保険等の保険料は、最高解約返戻率に応じて損金算入できる割合が区分されるようになりました。全額損金として扱えるのは限られた場合であり、一般論として「全額損金になる」とは言えません。具体的な区分は、契約内容に応じて税理士に確認することをおすすめします。
Q. 死亡退職金や弔慰金には非課税枠があると聞きました
A. 一定の非課税枠が定められています。ただし具体的な金額の計算や適用の可否は、個々の事情によって変わるため、税理士の領域として個別に確認する必要があります。非課税枠の存在を知らないまま金額を決めてしまうと、遺族に想定外の税負担が生じることもあるため、規程を整える段階で確認しておくことをおすすめします。
Q. 借入金の返済中でも法人保険は必要ですか?
A. 返済が続いている期間こそ、万一の際の資金繰りリスクが高い時期です。返済負担と保険料負担のバランスを見ながら、必要な保障額を検討することが現実的です。返済が進むにつれて必要な保障額も変わっていくため、契約時のまま固定して考えないことが大切です。
Q. 保険を見直すと、経営者保証がなくなりますか?
A. なりません。法人保険は経営者保証そのものを消すものではなく、保証が現実の負担になる場面を減らすための備えです。保証を外す手続きは、経営者保証に関するガイドライン等に基づく別の手順が必要になります。法人保険の見直しと、保証を外す取り組みは、それぞれ別の課題として並行して進めることになります。
Q. 相談すると必ず保険への加入を勧められますか?
A. いいえ。まずは保障額の物差しを一緒に作ることが目的です。点検の結果、いまの契約で十分と判断される場合もあります。加入を前提としたご案内はしていません。保険会社名や商品名を挙げての推奨も行いません。
Q. 保障額の見直しはいつ行うのが良いですか?
A. 従業員承継(MBO)の実行が固まる前、または実行直後が一つの節目です。借入金の残高や事業規模が変わるタイミングに合わせて、定期的に点検することをおすすめします。決算のたびに借入金残高を確認する流れの中に、保障額の点検も組み込んでおくと、見直しの漏れを防ぎやすくなります。
Q. 保険証券が複数あって内容を把握できていません。それでも相談できますか?また、事業保障資金は必ず法人保険で準備するものですか?
A. 証券が手元になくても、まずは借入金や事業の状況からお聞きします。複数の契約が、いつの間にか同じ目的で重複していたというケースも珍しくありません。また、法人保険は事業保障資金を準備する選択肢の1つであり、唯一の方法ではありません。手元資金や借入枠と組み合わせて備える会社もあります。まずは必要な保障額の目安を把握したうえで、どの手段で備えるかを検討する順序が適切です。
まとめ
法人保険の保障額は、なんとなくの金額で決めるものではありません。借入金の残高・当面の運転資金・退職金や弔慰金の見込み額という3つを積み上げて考えることで、いまの会社に必要な事業保障資金の目安が見えてきます。
従業員承継(MBO・EBO)を進めるいまだからこそ、証券の中身を後継者任せにせず、社長自身が物差しを持っておくことが、承継後の安心につながります。保険料を払い続けているという事実だけで安心せず、いま一度、何のために・いくら備えているのかを言葉にしてみることから始めてみてはいかがでしょうか。
借入金の残高、運転資金、退職金の見込み額を並べてみるだけでも、いまの契約が承継フェーズに合っているかどうか、少し見えてくるはずです。まずはそこから始めてみてください。
ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。その場でのご契約や、しつこい営業もありません。お断りいただいて構いません。まずは借入金と保険証券の状況をお聞かせください。
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