
上期の数字が固まり、下期の経営課題を見直すこの時期。決算のタイミングで、加入したままの法人保険の存在を改めて意識する社長も多いのではないでしょうか。
右腕の役員や幹部社員に会社を託す従業員承継(MBO・EBO)を考え始めたとき、多くの経営者が見落とすことがあります。それは、会社が積み立ててきた法人保険の解約返戻金が、後継者が買い取る自社株の評価額を押し上げてしまうという構造です。
「保険は退職金の準備のために入っただけ」「株価と保険がつながっているなんて考えたこともなかった」——そんな状態のまま話を進めると、後継者は想定より重い資金負担を背負うことになりかねません。
この記事では、法人保険が自社株評価に影響する仕組みと、承継フェーズに合わせて保険の役割を整理する3つのステップを、中小企業診断士・事業承継士の立場から分かりやすく解説します。
- 従業員承継(MBO)を検討し始めた経営者の方
- 自社株を買い取る立場になった後継者の方
- 法人保険に入ったまま目的を見直していない方
- 株式取得の資金負担を軽くしたい後継者候補の方
- 法人保険の解約返戻金が自社株評価に影響する仕組み
- MBOの株式取得コストが重くなる理由
- 保険の役割を承継フェーズに合わせて整える3つのステップ
- 自社だけで進める限界と専門家に相談する意味
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事業承継|従業員承継(MBO)で自社株評価が重荷になる理由

従業員承継(MBO・EBO)は、役員や幹部社員が自社株を買い取って経営を引き継ぐ方法です。血縁に頼らず、実務を知る人材に会社を託せる点が強みです。
ただし親族内承継と違い、後継者は他人から株式を「買う」立場になります。買取価格の目安になるのが、自社株の評価額です。
株式を買い取る後継者に重くのしかかる取得コスト
中小企業の自社株は、市場で売買される株式と違い、決まった値段がありません。相続税の財産評価基本通達に基づく方式(純資産価額方式・類似業種比準方式など)を目安に、取引価格を話し合いで決めることが一般的です。
会社の規模や業績によって方式は変わりますが、多くの中小企業では純資産価額方式の影響を強く受けます。これは、決算書の資産・負債を相続税評価の考え方で洗い直し、その差額を株価の目安にする方式です。
もう一つの代表的な方式である類似業種比準方式は、業種の近い上場企業の株価や配当・利益・純資産の水準と比較して評価する方式です。実際には両者を組み合わせる形(併用方式)が使われることも多く、会社の規模区分によってどちらの影響を強く受けるかが変わります。自社がどちらの傾向にあるかを知っておくことが、株価の見通しを立てる第一歩になります。
法人保険の解約返戻金が資産として株価を押し上げる仕組み
ここで見落とされやすいのが法人保険です。会社が契約者になっている生命保険は、解約すれば戻ってくるお金(解約返戻金)を保険積立金という資産として計上している場合があります。
純資産価額方式では、この保険積立金も会社の資産として株価の計算に組み込まれます。役員退職金の準備や自社株買取資金の確保のために積み立ててきた保険が、皮肉にも株価そのものを押し上げてしまうことがあるのです。
断っておくと、これは「保険に入ると必ず損をする」という話ではありません。保険は本来、万一の保障や退職金の財源という役割を持っています。問題は、その役割が今の承継フェーズに合っているかを点検しないまま放置することです。
言い換えれば、法人保険そのものが悪いのではなく、「入った当時の目的のまま、見直さずに時間だけが過ぎている状態」が問題なのです。会社の状況も、経営者の年齢も、後継者の有無も、契約当初とは変わっているはずです。
気づかないまま契約を放置するとどうなるか
後継者が株式取得の交渉に入ってから「思ったより株価が高い」と気づくケースは珍しくありません。資金計画を組み直す時間が足りず、金融機関からの借入額が膨らむ、あるいは承継そのものが停滞するおそれもあります。
経営者としては「そろそろ後継者に株を渡そう」と思い立ってから保険を見直すのではなく、承継の数年前から契約内容を棚卸ししておくことが、後継者への配慮につながります。
業種を問わず起きる構造的な問題
この問題は、業種や会社の規模を問わず起こり得ます。製造業でも建設業でもサービス業でも、役員退職金の準備を目的に法人保険へ加入している会社は少なくありません。長く経営を続けてきた会社ほど、契約が積み重なり、解約返戻金の総額が大きくなっている傾向があります。
経営者本人にとっては「将来の備え」としてごく自然な判断の積み重ねでも、それが従業員承継というタイミングで、後継者にとっての「重い取得コスト」に姿を変えてしまう。ここに、法人保険と自社株評価を切り離して考えてはいけない理由があります。
後継者から見た景色を想像する
経営者自身が保険と株価のつながりに気づいていても、後継者候補である役員や幹部社員は、会社の保険契約の中身まで把握していないことがほとんどです。承継の話が具体化してから初めて評価額を知り、想定外の負担に戸惑うケースも見られます。
後継者に安心して株式を引き受けてもらうためには、早い段階で契約の中身と株価への影響を共有しておくことが欠かせません。情報を隠すつもりがなくても、伝えていなければ「伝えていない」のと同じです。
決算書を眺めるだけでは、法人保険の解約返戻金がどの科目にどれだけ計上されているかは分かりにくいものです。保険証券・決算書・株主名簿を並べて確認する作業を、経営者一人で抱え込まず、専門家と一緒に進めることをおすすめします。
事業承継の実務|法人保険の点検からMBOの準備を整える3つのステップ

法人保険は「売るもの」ではなく、承継フェーズに合わせて役割を再設計するものです。従業員承継(MBO)の準備では、次の3つのステップで進めます。
ステップ1 契約目的・被保険者・受取人を洗い出す
まず、会社が加入している法人保険を一つずつ洗い出します。何のために入ったのか(役員退職金の準備か、万一の保障か)、被保険者は誰か、保険金の受取人は誰かを一覧にします。
創業から時間が経った会社ほど、契約時の目的があいまいになっている契約が見つかりやすい傾向があります。まずは現状を正しく把握することが出発点です。
ステップ2 解約返戻金が評価額に与える影響を把握する
次に、各契約の解約返戻金の水準を確認し、それが自社株評価にどの程度影響しうるかを大まかに把握します。ここでの目的は正確な株価を算出することではなく、「保険が株価を押し上げている可能性がある」という事実に気づくことです。
正確な評価額の算定や税務上の取扱いは、税理士の領域です。KICKでは保険契約の点検と承継計画の整合という立場で伴走し、税務の個別判断は顧問税理士と連携して進めます。
ステップ3 承継フェーズに合わせて保障を再設計する
最後に、今の承継フェーズに合わない保障を整理します。ここで大切なのは「減らすための見直し」ではなく「守るための再設計」だという点です。むやみに解約すれば、万一のときの事業継続や、退職金の財源が不足するおそれもあります。
解約・減額・契約者貸付の活用・保障内容の組み替えなど、選択肢は複数あります。どれを選ぶかは、承継の時期、後継者の資金計画、会社の財務状況を踏まえて総合的に判断します。
たとえば、被保険者が現経営者のままになっている契約は、承継後に保障の意味が薄れることがあります。被保険者を後継者へ切り替える、あるいは目的を終えた契約は計画的に整理するなど、契約ごとに「残す・変える・整理する」を仕分ける作業が必要です。
反対に、後継者自身の万一の保障や、新体制での役員退職金の財源として、新しく契約を組み直す余地が生まれることもあります。見直しは「減らす」だけでなく「組み替える」作業でもあるという点を忘れないようにしましょう。
なお、法人保険の保険料の損金算入は、2019年(令和元年)の法人税基本通達改正により、最高解約返戻率に応じて割合が区分される仕組みに変わっています。「保険料は全額損金になる」と一律に考えるのではなく、契約の時期や設計によって扱いが異なる点を理解したうえで、具体的な区分は税理士に確認することが欠かせません。
次のページで、事業承継のための法人保険の考え方をまとめています。
事業承継専属の保険代理店という考え方 中小企業の事業承継において、法人保険は長年にわたり「とりあえず加入してきたもの」になりがちです。創業期、成長期、拡大期と、その時々の経営判断の積み重ねで保険は増え、気づけば保険料負担が重くなっているケースも少なくありません。 一方で、「保険をやめ...
保険点検で確認する主な項目を整理すると、次のとおりです。架空の数値ではなく、一般的な確認項目として参考にしてください。
| 検討項目 | 確認する視点 |
|---|---|
| 契約の目的 | 役員退職金の準備か、保障の確保か、目的が今も生きているか |
| 契約者・被保険者・受取人 | 承継後も名義が現状に合っているか |
| 解約返戻金の水準 | 自社株評価に与える影響の大きさをおおまかにつかむ |
| 保障額と会社の実情 | 過剰・不足のどちらもないか |
| 承継スケジュールとの整合 | 株式移転や退職金支給の時期と保険の動かし方が合っているか |
点検の進め方に決まった正解はありませんが、共通して大切なのは「誰が・何のために・いつまでに」を一つずつ言葉にしていくことです。感覚や思い込みで判断するのではなく、契約書・決算書・承継計画を並べて見比べることで、初めて全体像が見えてきます。
ご相談いただいても、契約を無理に動かすことはありません。点検した結果、今のままでよいという結論もあり得ます。まずは現状を整理するところから始めませんか。
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従業員承継をやり切った先に手に入る未来

法人保険と自社株評価の関係を整理し、MBOの準備を計画的に進めた先には、どのような状態が待っているでしょうか。3つの軸で具体的に描いてみます。
1 資金負担が身の丈に合う
株式取得コストの見通しを早い段階で持てれば、後継者は無理のない借入計画を立てられます。金融機関への説明もしやすくなり、資金調達が計画どおりに進みやすくなります。
2 株価の根拠を後継者に説明できる
「なぜこの金額なのか」を経営者自身が説明できる状態は、後継者との信頼関係を大きく左右します。保険の影響も含めて評価の考え方を共有できれば、承継の話し合いが感情論ではなく、事実に基づいて進みます。
3 保険が承継後も役割を持ち続ける
解約すべきものは整理し、残すべき保障は承継後の新体制に引き継がれます。後継者が安心して経営に専念できる備えとして、保険が本来の役割を取り戻します。
目的があいまいなまま漫然と続く契約がなくなれば、決算書を見るたびに「この保険は何のためだったか」と考える手間もなくなります。会社の資産構成がすっきりし、次の経営判断にも集中しやすくなるはずです。
後継者にとっても、引き継いだ会社の保険契約がすべて意味を持って整理されている状態は、大きな安心材料になります。前任者が残した「よく分からない契約」ではなく、「意図を持って設計された契約」として引き継げるかどうかは、承継後の経営のしやすさにも関わってきます。
資金負担・信頼関係・保障の継続、この3つを共に手に入れましょう。
自社だけで進める限界と、事業承継士・法人保険代理店による伴走

「税理士には決算と申告をお願いしている」「保険は担当者に任せている」という会社は多いはずです。それぞれの専門家は自分の領域では的確な仕事をしています。ただし、株価と保険をつなげて考える視点は、どちらの専門家の主業務からも外れがちです。
税理士は税務、保険担当者は契約の提案が中心業務であり、承継計画全体を俯瞰する立場ではないことがほとんどです。後継者は日々の経営で手一杯。結果として、誰も株価と保険のつながりに気づかないまま時間だけが過ぎる状況が生まれます。
KICKコンサルティング株式会社(銀座本社)は、中小企業診断士・事業承継士として承継全体の設計に伴走すると同時に、事業承継専属の保険代理店として法人保険の役割再設計を担っています。税理士や保険担当者を否定するのではなく、それぞれの専門知識と後継者の意向を承継計画という一本の線でつなぐのが私たちの役割です。
個別の税務判断や申告は税理士の領域であり、KICKが税務代理を行うことはありません。役員退職慰労金規程の整備であれば社会保険労務士、登記であれば司法書士というように、それぞれの専門家の領域を尊重しながら、承継計画という一本の線でつなぎます。
KICKはこれまで150社以上の中小企業を支援してきました。株式評価や保険の仕組みそのものは会社によって大きく変わりませんが、「何を優先し、何を後回しにするか」の判断は会社ごとに異なります。だからこそ、書類の作成だけでなく、経営者・後継者との対話を重ねながら計画をつくることを大切にしています。
特に従業員承継では、経営者と後継者の関係は「上司と部下」から「バトンを渡す側と受け取る側」へと変わっていきます。株価や保険という数字の話だけでなく、後継者が納得感を持って一歩を踏み出せるかどうかまで含めて伴走することが、私たちの仕事だと考えています。
ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。特定の保険商品の契約を前提にした話は一切しません。お断りいただいても構いません。まずは現状の契約を一緒に整理しませんか。
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事業承継のよくある質問|MBOと法人保険の疑問を解消

Q. 法人保険に入っていると必ず自社株評価が上がりますか
A. 必ず上がるとは限りません。評価方式や会社の規模、他の資産・負債の状況によって影響の度合いは変わります。まずは自社がどの評価方式の影響を受けやすいかを確認することが先決です。
Q. 保険を解約すれば株価は下がりますか
A. 解約返戻金相当額の資産が減れば、株価が下がる方向に働く場合があります。ただし解約によって保障が失われるという別の問題が生まれるため、解約ありきで判断しないことが大切です。
Q. どのタイミングで保険を点検すればよいですか
A. 後継者候補が固まった段階、遅くとも株式の買取交渉に入る前が目安です。承継の数年前から契約を棚卸ししておくと、資金計画に余裕を持って対応できます。決算のタイミングに合わせて確認する会社も多く見られます。
Q. 保険料は全額損金にできますか
A. 契約によります。2019年の通達改正以降、最高解約返戻率に応じて損金算入できる割合が区分されており、一律に全額損金と考えることはできません。契約ごとの正確な扱いは税理士に確認してください。
Q. 保険会社や商品はどう選べばいいですか
A. この記事では特定の保険会社名や商品名は取り上げません。目的(退職金の準備か、株式買取資金の確保かなど)を明確にしたうえで、複数の選択肢を比較して検討することをおすすめします。
Q. 後継者が個人で保険料を負担することはできますか
A. 会社が契約者となる法人保険とは別に、後継者個人が加入する保険もあります。会社を守る保障と、後継者本人や家族の生活を守る保障は、目的が異なるため分けて考えるのが基本です。
Q. 税理士がいれば保険の点検は不要ですか
A. 税務申告の観点では税理士のチェックが欠かせません。一方で、承継計画全体と保険契約の整合を見る視点は別に必要です。両方が揃って初めて、抜け漏れのない準備になります。
Q. 保険を減らしすぎるとどんなリスクがありますか
A. 万一の際の事業継続資金や、退職金の財源が不足するリスクがあります。株価対策だけを目的に保障を削ると、本来の目的である保障機能を損なうおそれがあるため注意が必要です。
Q. MBO以外の承継でも同じ考え方は使えますか
A. 使えます。親族内承継でも第三者承継(M&A)でも、法人保険の解約返戻金が自社株評価に影響する仕組み自体は共通です。ただし親族内承継では相続税・贈与税との関係、第三者承継では譲渡条件との関係というように、承継の形に応じて点検の優先順位や検討すべき論点が変わります。
Q. 相談すると必ず保険の見直しを勧められますか
A. いいえ。点検した結果、今の契約のままでよいという結論になることもあります。目的は保険を売ることではなく、承継計画に合った状態を一緒に確認することです。
Q. 自社株評価そのものを下げる方法を教えてもらえますか
A. この記事では、評価額を下げる具体的な手法や数値は取り上げません。株価の引き下げを目的にした手法は個社の状況によって適否が大きく変わり、税務上の判断も伴うため、税理士への相談が前提になります。この記事の主眼は「保険が株価に影響する仕組みを知り、承継フェーズに合わせて備える」ことにあります。
まとめ
従業員承継(MBO)では、法人保険の解約返戻金が自社株評価を押し上げ、後継者の株式取得コストを重くすることがあります。契約目的の洗い出し、評価への影響の把握、承継フェーズに合わせた再設計という3つのステップで、後継者が背負う負担を軽くする準備ができます。
保険は売るものではなく、承継のタイミングに合わせて役割を見直すものです。税務の個別判断は税理士に委ねながら、承継計画全体を俯瞰する視点で、法人保険を今一度点検してみませんか。
「まだ後継者が正式に決まっていないから早い」と感じる経営者もいるかもしれません。しかし契約の洗い出しや現状把握は、後継者が決まる前からでも始められます。むしろ後継者候補への説明が必要になってから慌てて調べ始めるよりも、余裕を持って準備できるほうが、経営者にとっても後継者にとっても安心です。
ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。その場でのご契約や、しつこい営業もありません。まずは現状の契約と自社株評価の関係を、一緒に整理するところから始めましょう。
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