
10月に入り、下期の役員体制や来期の予算を見直す時期ではないでしょうか。従業員承継(MBO)を実行し、番頭役だった後継者に社長の椅子を譲ったものの、肝心の「先代であるご自身の退職金」の準備は後回しになっている——そんな社長は少なくありません。
後継者への株式移転や個人保証の引継ぎには意識が向いていても、ご自身が退任するときに受け取る役員退職金の財源までは、手が回っていないという声をよく聞きます。株式や個人保証と違って、退職金は「いつか自分が受け取るもの」であるだけに、つい先送りにしやすい論点です。
このまま準備が整わないまま退任の時期を迎えると、退職金の金額の根拠を株主総会で説明できなかったり、会社の資金繰りを圧迫する形でしか退職金を用意できなかったりする事態になりかねません。
本記事では、事業承継の3つの類型のうち、役員や幹部社員が会社を引き継ぐ「役員・従業員承継(MBO・EBO)」を取り上げ、先代ご自身の役員退職金を、法人保険を使って計画的に準備する3つの手順を解説します。
親族内承継であれば、後継者である子や親族に対して自然と退職金の話が出ることもあります。一方、番頭役だった役員や幹部社員へ引き継ぐ従業員承継では、先代ご自身から「自分の退職金はこう考えている」と切り出す機会がないまま、時間だけが過ぎてしまいがちです。
- 従業員承継(MBO)で後継者に会社を譲った社長
- 自分自身の退職金の準備が後回しになっている方
- 功績倍率法の考え方を知りたい経営者
- 法人保険を退職金の財源に使えるか迷う方
- 功績倍率法で退職金の水準感をつかむ考え方
- 株主総会決議・退職慰労金規程の整え方
- 法人保険の解約返戻金を退任時期に合わせる設計
- 自社だけで進める限界と事業承継士による伴走支援
私たちは中小企業診断士・事業承継士として、法人支援実績150社以上の中で、従業員承継(MBO)を実行し終えた社長からのご相談を数多く受けてきました。読み終える頃には、ご自身の退職金をどう準備すればよいか、判断の道筋が見えているはずです。
下期に入り、来期の役員体制や予算を検討し始めるこの時期は、日々の業務に追われて後回しにしてきた「自分自身の退職金」というテーマに、あらためて向き合うきっかけにもなります。
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事業承継(従業員承継)で先代の退職金が後回しになる理由

従業員承継(MBO・EBO)では、株式の移転や個人保証の引継ぎ、後継者への実務権限の移管など、目に見える手続きに関心が集中しがちです。
その一方で、先代であるご自身が退任するときに受け取る役員退職金の準備は、「まだ先の話」「後継者が落ち着いてから」として後回しにされやすい論点です。株式や保証と違って外部からは見えにくく、誰かに急かされることもないため、気づけば手つかずのまま退任の時期が近づいている、というケースが少なくありません。
株主総会決議を経ない支給はできない
役員退職金は、原則として株主総会の決議を経なければ支給できません。決議を経ずに支給した場合や、金額の算定根拠となる規程が整っていない場合は、支給そのものが無効と判断され、返還を求められるおそれがあります。
従業員承継で新社長に就任した後継者の退職慰労金規程は整えても、先代ご自身の分は何年も前の規程のまま、あるいは規程そのものが存在しないというケースも見受けられます。
法人保険が別の目的に充てられたままになっている
会社が積み立ててきた法人保険は、自社株の買取資金や相続税の納税資金など、退職金とは別の目的のために設計されていることもあります。契約の目的を確認しないまま退任の時期を迎えると、退職金の原資として使える解約返戻金がどこにあるのか、後継者にも分からなくなってしまいます。
先代ご自身の退職金という論点を後回しにしたまま従業員承継を終えると、退任の直前になって慌てて財源を探す、あるいは会社の運転資金を取り崩して支給する、といった無理のある対応になりかねません。
後継者に切り出しにくいという心理的な壁
従業員承継の後継者は、かつての上司であり恩人でもある先代に対して、「退職金はどうお考えですか」とはなかなか切り出せないものです。先代から歩み寄らなければ、後継者はいつまでも遠慮したまま、退職金の話題を避け続けることになります。
結果として、退任のタイミングが目前に迫ってから、慌てて金額や財源を決めることになり、双方にとって心理的な負担の大きい交渉になりがちです。承継計画の早い段階で、先代の側から退職金の考え方を後継者と共有しておくことが、無用な気まずさを避ける近道になります。
先代自身が退職金の重要性を過小評価しがち
会社のことを第一に考えてきた経営者ほど、「自分の退職金は二の次でいい」「会社の資金繰りを優先すべきだ」と考えがちです。その姿勢自体は立派なものですが、準備を怠ったまま退任すると、結局は無理な形で会社の資金を取り崩すことになり、かえって会社に負担をかけてしまいます。
先代ご自身の退職金を計画的に準備することは、わがままなことではなく、会社を無理のない形で次の世代へつなぐための備えの一つだと捉え直すことが、最初の一歩になります。
法人保険で先代の役員退職金を整える3つの手順

先代ご自身の役員退職金を整えるには、次の3つの手順で進めます。
手順1.功績倍率法で水準感をつかむ
役員退職金の目安を試算する方法として広く使われているのが、功績倍率法です。最終報酬月額に、役員としての在任年数と、功績倍率と呼ばれる係数を掛け合わせて算出します。
功績倍率は業種や会社の規模、本人の実績・功労によって個別に検討されるものであり、一律の正解があるわけではありません。税務調査で否認されない水準かどうかは、個別の事情を踏まえた税理士の判断が欠かせません。算定の考え方を知っておくだけでも、規程を整える際の議論がしやすくなります。
特に従業員承継の先代は、創業者としての功労や、会社を存続させてきた実績が長期間にわたることが多く、単純な在任年数だけでは測れない要素も含まれます。功績倍率法はあくまで水準感をつかむための考え方であり、最終的な金額は、会社の財務状況や後継者の意向も踏まえて総合的に検討することになります。
手順2.株主総会決議と退職慰労金規程を整える
退職金の支給には、株主総会の決議が必要です。あわせて、金額の算定根拠となる役員退職慰労金規程を整備しておくと、決議の際に説明がしやすくなり、後から金額の妥当性を問われたときにも備えになります。
退任の直前ではなく、承継計画の早い段階で規程の有無と内容を確認しておくことが望まれます。後継者の規程を新しく整えるタイミングに合わせて、先代ご自身の分も一緒に見直しておくと、二度手間になりません。
規程には、支給の対象・算定方法・決議の手続きなどを明文化しておきます。規程と決議の記録が揃っていれば、退任時にあらためて金額の根拠を一から説明し直す必要がなく、株主総会もスムーズに進みます。
手順3.解約返戻金のピークを退任時期に合わせる
会社が法人保険に加入している場合、退職金の原資として解約返戻金を活用する方法があります。解約返戻金の金額が最も高くなる時期を、先代の退任予定時期に近づけて設計できれば、無理のない資金計画につながります。
法人保険の保険料は、2019年(令和元年)の法人税基本通達改正により、最高解約返戻率に応じて損金算入できる割合が区分されるようになりました。「保険料は全額損金になる」と一律に言えるものではなく、契約時期や設計によって取扱いが異なります。加入済みの契約がどの区分に当たるかは、保険の担当者や税理士に確認する必要があります。
また、既に加入している契約が退職金以外の目的で設計されている場合、退任時期に合わせて新たな契約を検討する、あるいは既存契約の役割を見直すという選択肢も出てきます。大切なのは、商品ありきで考えるのではなく、先代の退任時期という「いつ・いくら必要か」という目的から逆算して設計することです。
詳しくは次のページにまとめています。
事業承継専属の保険代理店という考え方 中小企業の事業承継において、法人保険は長年にわたり「とりあえず加入してきたもの」になりがちです。創業期、成長期、拡大期と、その時々の経営判断の積み重ねで保険は増え、気づけば保険料負担が重くなっているケースも少なくありません。 一方で、「保険をやめ...
3つの手順は、どれか1つだけを整えても十分な備えにはなりません。水準感(手順1)だけ分かっていても規程が無ければ支給できず、規程(手順2)だけ整っていても財源が無ければ絵に描いた餅になります。3つを一つの計画としてつなげることが、無理のない退職金設計の出発点になります。
先代の退職金を整えるときに点検したい項目を、次の表にまとめました。架空の数値ではなく、自社の契約内容を一つずつ確認していくことが、確実な一歩になります。
| 検討項目 | 確認する内容 |
|---|---|
| 契約の目的 | 退職金・納税資金・買取資金のうち、何のための契約か |
| 契約者・被保険者・受取人 | 承継後の体制と名義が合っているか |
| 解約返戻金のピーク時期 | 先代の退任予定時期とどれくらいずれているか |
| 規程との整合 | 退職慰労金規程の算定根拠と保険金額が見合っているか |
| 後継者との共有状況 | 契約の存在と目的を後継者が把握しているか |
ご相談いただいても、契約への加入を前提にお話を進めることはありません。現状の契約を一緒に点検し、目的に合っているかを確認するところから始めます。しつこい営業もありませんので、お断りいただいて構いません。
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退職金を整えた先に手に入る従業員承継の未来

先代ご自身の退職金を計画的に整えると、3つの軸で変化が生まれます。
先代が安心して退任の時期を迎えられる
退職金の金額と財源のめどが立てば、いつ退任してもよいという安心感を持って、後継者に経営を任せられるようになります。「まだ準備ができていないから」という理由で退任を先延ばしにする必要もなくなります。
退任後の生活設計も描きやすくなり、これまで会社に注いできた時間を、ご自身やご家族のために使う次の生き方に、前向きに踏み出せるようになります。
後継者が資金繰りの不安を引きずらない
先代の退職金が会社の資金繰りを圧迫しない形で準備されていれば、後継者は就任直後から、目の前の経営課題に集中できます。退職金の支給が急な資金流出にならないという安心感は、後継者にとっても大きな支えになります。
会社の財務基盤が保たれる
退職金の支給時に慌てて資金を工面する必要がなくなり、従業員承継を終えた後も、会社の財務基盤を保ったまま次のステージに進めます。取引先や金融機関からの信頼を維持することにもつながります。
計画的に準備した財源であれば、退職金の支給が設備投資や運転資金の予定を狂わせることもなく、後継者は自分の代の経営計画を、腰を据えて描いていけます。
退任後も相談役や顧問として関わり続ける場合であっても、退職金という区切りが明確についていれば、報酬や役割についても改めて整理しやすくなります。
先代にとっても後継者にとっても納得できる退職金の形を、共に手に入れましょう。
自社だけで進める限界と、事業承継士による伴走支援

先代の退職金という論点は、保険の担当者・税理士・後継者のそれぞれが、少しずつ違う立場から関わっています。
保険の担当者は契約内容の説明が中心で、功績倍率法や規程整備までは踏み込みません。税理士は税務判断が専門であり、契約そのものの見直しは業務範囲外です。後継者からは「先代に対して退職金の話をどう切り出せばよいか分からない」という声もよく聞きます。
誰か一人が悪いわけではなく、全体を見渡して設計する役割が抜け落ちていることこそが、退職金の準備が後回しになる本当の理由です。
私たちは中小企業診断士・事業承継士として、認定経営革新等支援機関の立場から、株式・保険・退職金といったバラバラになりがちな論点を、一つの承継計画としてつなぐ役割を担っています。税理士や保険の担当者を否定するのではなく、それぞれの専門性を生かしながら、全体の設計図を描くのが私たちの役目です。
法人支援実績150社以上の中には、従業員承継の途中で退職金の論点が置き去りになりかけていたケースも少なくありません。第三者が間に入ることで、先代・後継者それぞれが言い出しにくかったことを整理しやすくなる、という声もいただいています。
登記が必要な場面は司法書士、許認可に関わる場面は行政書士と、必要に応じて専門家と連携しながら進めます。
具体的には、まず現状の法人保険の契約内容と退職慰労金規程の有無を一緒に洗い出し、先代の退任予定時期とのずれを可視化します。そのうえで、規程の整備や契約の見直しの要否を整理し、必要に応じて税理士・保険の担当者とも連携しながら、実行可能な計画に落とし込んでいきます。
税理士・保険担当者との役割分担
私たちが目指すのは、既存の専門家を置き換えることではなく、それぞれの持ち場をつなぐことです。功績倍率の妥当性や損金算入の区分といった税務の最終判断は税理士に委ね、契約の実務手続きは保険の担当者に任せながら、私たちは「退任時期から逆算した全体の設計図」を描く役割に徹します。
顧問税理士や既存の保険の担当者がいる場合は、その関係を壊すのではなく、承継計画という共通の土台の上で連携してもらう形を基本にしています。
先代・後継者・専門家がそれぞれ違う方向を向いたまま時間が過ぎるのではなく、退任時期というひとつのゴールに向けて、関係者全員の認識をそろえること。それが、私たちが伴走支援で最も大切にしていることです。
ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。その場でのご契約や、しつこい営業もありません。お断りいただいても構いませんので、まずは今の状況をお聞かせください。
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よくある質問|従業員承継と法人保険の疑問を解消

Q.功績倍率は何倍を目安にすればよいですか?
A.功績倍率は業種や会社の実績、本人の功労によって個別に検討されるものであり、一律の目安はありません。税務調査で否認されない水準かどうかは、税理士に確認しながら判断する必要があります。他社の事例をそのまま当てはめるのではなく、自社の実情に沿って検討することが大切です。
Q.退職慰労金規程が無い場合はどうすればよいですか?
A.規程が無い場合は、株主総会決議の前に新たに整備することをお勧めします。算定根拠が明文化されていないと、決議の際に説明が難しくなり、後から妥当性を問われる可能性があります。
Q.法人保険はすでに別の目的で加入しています。退職金にも使えますか?
A.契約の目的・被保険者・受取人を確認したうえで、退職金の財源として活用できるかを個別に検討します。1つの契約を複数の目的に無理に当てはめると、いざというときに不足する可能性があるため注意が必要です。目的ごとに複数の契約で役割を分けて備えている会社も多く見られます。
Q.保険料は全額損金にできますか?
A.2019年の通達改正後は、最高解約返戻率に応じて損金算入できる割合が区分されており、「全額損金」と一律に言えるものではありません。契約ごとに区分を確認する必要があります。
Q.解約返戻金は必ず増えますか?
A.契約の設計によって推移は異なり、時期や条件によって受け取れる金額は変動します。断定的な返戻率をお伝えすることはできず、契約内容に沿って個別にご確認いただく形になります。解約のタイミングによっては、払い込んだ保険料を下回る場合もあるため、契約時の設計内容を確認しておくことが大切です。
Q.後継者の退職慰労金規程とは別に整備する必要がありますか?
A.はい。先代と後継者では在任年数も功労の中身も異なるため、それぞれの実態に合わせて規程と決議を整える必要があります。
Q.退任の何年くらい前から準備を始めればよいですか?
A.解約返戻金のピークは契約から一定の年数を経て訪れる設計が多いため、退任予定の時期から逆算して、早めに契約内容を確認しておくことが望まれます。すでに退任時期が近い場合でも、今の契約でどこまで備えられるかを点検する価値はあります。
Q.税務申告は誰に相談すればよいですか?
A.個別の税務判断や申告は税理士の領域です。私たちは承継全体の設計と伴走を担い、税務の詳細は提携する税理士と連携しながら進めます。顧問税理士がいらっしゃる場合は、その関係を尊重しながら連携する形を基本にしています。
Q.相談すると保険への加入を勧められますか?
A.いいえ。まずは契約の目的と現状を点検することが出発点であり、契約ありきでお話を進めることはありません。点検の結果、既存の契約のままで十分というケースもあります。
Q.後継者にはいつ、どこまで伝えればよいですか?
A.承継計画の早い段階で、退職金の考え方の大枠だけでも共有しておくことをお勧めします。金額まで細かく決めていなくても、「いつ頃、どのような形で受け取るつもりか」という方向性を共有しておくだけで、後継者側の資金計画の見通しが立てやすくなります。
まとめ
従業員承継(MBO・EBO)では、後継者への引継ぎに目が向きがちな一方、先代ご自身の退職金という論点は後回しにされやすいものです。
功績倍率法での水準感の把握、株主総会決議と退職慰労金規程の整備、そして法人保険の解約返戻金のピークを退任時期に合わせる設計という3つの手順を踏めば、無理のない形で退職金を準備できます。
まずは、今の契約が先代ご自身の退職金にどう役立つのか、現状を点検するところから始めてみませんか。会社のために走り続けてきたご自身の労いとして、退職金という備えに向き合う時間を持っていただければと思います。
ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。その場でのご契約や、しつこい営業もありません。お断りいただいて構いませんので、気軽にお声がけください。
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