
「株式は長男に渡すつもりです。でも、経営の重い判断まで任せるのは、まだ早い気がして……」。親族内承継を考える経営者から、こうした声をよく耳にします。
下期がはじまるこの時期は、来期の経営体制や株主構成を見直しはじめる社長も少なくありません。株式の名義を、いつ、どこまで渡すかは、承継の中でも特に判断が難しいテーマです。
株式には、配当や売却時の対価を受け取る「財産権」のほかに、会社の重要な決定を動かす「議決権」という力があります。名義だけを先に渡すと、原則としてこの議決権も一緒に動いてしまい、後継者がまだ経験の浅いうちから、重い経営判断を一人で背負う状況が生まれます。
複数の子どもに株式を均等に分けた場合は、さらに話がこじれやすくなります。意見が割れて株主総会の決議が止まり、重要な意思決定そのものが動かなくなるというケースも、実務では珍しくありません。決定が止まれば、取引先や金融機関からの信用にも影響しかねません。
このテーマに、正解が1つだけあるわけではありません。会社の規模、後継者の経験、相続人の人数や関係性によって、適した設計は変わります。まずは「財産権」と「議決権」を分けて考えられる、という前提を知っておくことが第一歩です。
実は、株式の「財産としての価値」と「議決権という経営を動かす力」は、制度上、分けて設計することができます。本稿では、親族内承継において、株式を渡しながらも経営権を守り切るための3つの選択肢と、進め方の流れを、中小企業診断士・事業承継士の立場から解説します。
- 後継者へ株式を渡すが、経営判断はまだ譲りたくない方
- 名義を渡すだけで安心してよいか迷っている方
- 複数の相続人に株式が分散しそうで不安な方
- 種類株式・属人的株式・信託の違いが分からない方
- 株式の名義と経営権を分けて考える3つの方法
- 種類株式・属人的株式・家族信託それぞれの向き不向き
- 議決権を残す進め方の具体的な流れ
- 特例承継計画とあわせて検討する視点
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親族内承継で自社株を渡すと、経営権まで失う理由

親族内承継は、後継者に株式の名義を移すことで完了する、と思われがちです。しかし株式には、配当や売却時の対価を受け取る「財産権」と、株主総会で会社の重要事項を決める「議決権」という2つの側面があります。
顧問税理士から「そろそろ株式の移転を考えましょう」と勧められ、贈与税や相続税の負担ばかりに目が向き、議決権の設計まで手が回っていないケースは少なくありません。税負担の話と、経営権をどう配分するかという話は、本来セットで検討すべきテーマです。
名義を渡すと、原則1株1議決権で経営権もついていく
会社法の原則は1株1議決権です。何も設計をせずに株式の名義だけを渡すと、財産権と議決権はセットで動きます。後継者にまだ経営の経験が十分でない段階でも、重要な決定権が丸ごと移ってしまう点に注意が必要です。
建設業や製造業のように、現場の判断が経営に直結する業種では、後継者が独り立ちする前に議決権だけが先行してしまうと、取引先との商談や資金調達の判断が不安定になりやすい、という相談をよく受けます。
複数の相続人に分散すると、決定そのものが止まる
「平等に」という思いから、株式を複数の子どもに均等に分けるケースもあります。一見公平に見えますが、経営に関わらない相続人まで議決権を持つと、重要な議案のたびに意見がまとまらず、株主総会が機能しなくなるリスクがあります。
放置すると、この状態は次のように悪化していきます。株式が分散する。重要な議案で意見が割れる。設備投資や後継者の交代といった決定が先送りになる。取引先や金融機関が経営の先行きに不安を持つ。新しい商談や融資の判断が慎重になる。こうした流れです。
事業承継を「名義変更の手続き」として捉えると、この経営権のリスクを見落としがちです。財産の分け方と、経営を動かす力の配分は、別々に設計する必要があります。
経営の実権を渡すタイミングは、一気に決めなくてよい
ここまで読んで、「うちも同じ状況かもしれない」と感じた方も多いのではないでしょうか。まずは焦らず、選択肢があることを知るところから始めましょう。「株式を渡す=すべての権限を手放す」と考える必要はありません。実際には、まず財産権だけを後継者に移し、重要な経営判断に関わる議決権は現経営者の手元にしばらく残す、という段階的な進め方を選ぶ経営者が多くいます。
後継者が現場の実務を経験し、取引先や金融機関との関係を自分の力で築けるようになった段階で、議決権も含めて完全に引き継ぐ。こうした時間差をつけた設計にすると、後継者・現経営者の双方にとって無理のない承継になります。
逆に、後継者の育成が追いつかないまま議決権まで一気に渡してしまうと、社内外の重要な判断が後継者一人の肩にのしかかり、迷いや遅れがそのまま経営リスクにつながります。製造業や建設業のように、受注判断や工程管理が日々の利益に直結する業種では、この差が特に大きく表れます。
事業承継の基本を先に押さえたい方へ
親族内・従業員・M&A(第三者)承継の進め方と、使える税制・補助金を1本の記事にまとめています。
議決権を残す事業承継の進め方|種類株式・属人的株式・信託の使い分け

財産権と議決権を切り離して設計する事業承継の方法は、主に3つあります。それぞれ仕組みも、効力が続く条件も異なるため、目的に合わせて選ぶことが重要です。
種類株式|拒否権付株式・無議決権株式で議決権を調整する
種類株式は、株式の内容そのものに違いを持たせる制度で、登記されるため対外的にも分かりやすいのが特徴です。重要事項について現経営者に拒否権を残す「拒否権付株式」や、後継者以外の相続人には議決権を持たせない「無議決権株式」といった設計ができます。後継者には普通株式を、経営に関わらない相続人には無議決権株式を渡す、という組み合わせもよく使われます。
発行するには、定款を変更したうえで、株主総会の特別決議(議決権の3分の2以上の賛成)を経る必要があります。拒否権の対象は、定款変更や事業譲渡、代表取締役の選定など、会社にとって特に重要な事項に絞って設計するのが一般的です。
属人的株式|非公開会社だけが使える、株主本人に紐づく議決権
属人的株式は、株式の譲渡に会社の承認が必要な非公開会社に限って使える制度です。定款に「特定の株主が持つ株式には、1株につき複数の議決権を持たせる」といった定めを置く方法で、登記はされません。
属人的株式は株主本人に紐づく仕組みのため、その株式を譲渡・相続すると、通常の1株1議決権に戻ります。後継者に渡した瞬間に効力が切れてしまう点は、見落としやすい注意点です。登記されない分、機動的に設計しやすい一方、対外的には分かりにくいため、金融機関などへの説明が必要になる場面もあります。
家族信託|経営判断が止まるリスクにも備える設計
家族信託(民事信託)は、株式の管理・処分の権限を受託者(後継者など)に、配当を受け取る権利を受益者(現経営者や他の相続人)に、それぞれ分けて設計する方法です。現経営者の認知症などによる経営判断の停止リスクにも備えられる点が特徴です。受託者は後継者本人に限らず、信頼できる親族や専門家を選ぶこともできます。
種類株式・属人的株式・家族信託は、どれか1つだけを選ぶ必要はなく、組み合わせて設計することもあります。また、遺留分(他の相続人に最低限保障される取り分)への配慮が別途必要になる場合もあるため、議決権の設計とあわせて、専門家に確認しておくと安心です。
| 方法 | 登記の要否 | 効力が続く条件 | 主な使いどころ |
|---|---|---|---|
| 種類株式 | 必要 | 株式の内容として存続 | 拒否権や無議決権を明確に残したいとき |
| 属人的株式 | 不要(定款のみ) | 株主本人が保有する間だけ | 非公開会社で柔軟に議決権を調整したいとき |
| 家族信託 | 不要(信託契約) | 信託契約で定めた期間 | 判断力低下のリスクにも備えたいとき |
進め方の目安は、次の3ステップです。架空の記載例ではなく、一般的な進め方の項目として押さえておいてください。
- 現状の株主構成と議決権比率を洗い出す
- 承継後に譲りたい権限と、当面は残したい権限を整理する
- 司法書士・税理士などの専門家と、定款変更や信託契約の設計を進める
いずれの方法も、定款の変更や登記、税務上の評価に関わるため、進め方の全体像を専門家と一緒に組み立てることが欠かせません。設計を誤ると、後継者以外の相続人との関係や、将来の株式評価にも影響するため、思いつきで進めないことが大切です。詳しくは次のページでまとめています。
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ここまでの進め方を押さえておくと、株式を渡すタイミングが来ても慌てずに動けます。議決権の設計は、後継者が経験を積む時間を確保する土台にもなります。
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経営権を守り切った先に、後継者と手に入る未来

議決権の設計は、法務や税務の手続きだけを整えれば終わりではありません。何のために設計するのかを見失わないよう、やり切った先にある未来をあらためて整理しておきましょう。親族内承継は次の3つの軸で変わっていきます。
後継者が、いきなり全責任を負わずに経験を積める
重要事項に拒否権を残すなど、後継者を支える仕組みがあれば、経営判断の経験が浅い時期でも、致命的な判断ミスを防ぎながら実務を任せられます。任される範囲を段階的に広げていけるため、後継者自身も自分のペースで自信をつけていけます。
他の相続人との関係が壊れにくい
経済的な利益(配当など)は公平に分けながら、経営の決定権は後継者に一本化できるため、「財産は平等に、経営は後継者に」という形を実現しやすくなります。経営に関わらない相続人にとっても、権利関係がはっきりしていることは安心材料になります。
取引先・金融機関からの信用が続く
株主構成が割れていないことが伝われば、承継後も取引や融資の判断が不安定にならずに済みます。経営の意思決定が一本化されている会社は、金融機関からも安心して見てもらいやすくなります。
株式を「渡す」ことと、経営の実権を「委ねる」ことを、意図して分けて設計する。それができたとき、後継者は自分のペースで経営者として育ち、現経営者は安心して一歩引ける――そんな未来を共に手に入れましょう。
逆に、この設計を怠ったまま名義だけを渡してしまうと、後継者は準備が整わないうちに全責任を負うことになり、相続人同士の関係にもひびが入りかねません。どちらの未来に進むかは、承継の初期段階でどこまで意図的に設計できるかにかかっています。
自社だけで進める限界と、事業承継士による伴走支援

種類株式・属人的株式・家族信託は、いずれも定款変更や登記といった法務の手続きと、贈与税・相続税の評価という税務の判断が絡み合います。
社内だけで検討すると、法務・税務・経営の視点がバラバラのまま進みやすく、後になって「思っていた設計と違った」という事態にもなりかねません。それぞれの専門家に個別に相談しても、全体の整合性を取る役割は抜け落ちがちです。
「税理士には相続税の相談を、弁護士には定款変更の相談をしているが、経営としてどう設計すべきかは誰にも聞けていない」。こうした声を、実際の相談でもよく聞きます。専門家がそれぞれ正しい助言をしていても、全体像をつなぐ役割が抜けていると、設計がちぐはぐになりやすいのです。
私たちKICKコンサルティング株式会社(銀座本社)は、中小企業診断士・事業承継士として、承継全体の設計と伴走を行っています。定款変更や登記は司法書士、税務上の評価や申告は税理士の領域であり、私たちはそれぞれの専門家と後継者・現経営者をつなぎながら、全体の進め方を整理する立場で関わります。
法人支援150社以上の実績の中で、株式の分散や議決権の設計に悩む経営者と数多く向き合ってきました。他の専門家を否定するのではなく、「話が噛み合わないまま時間だけが過ぎる状況」を、全体設計でつなぐことがKICKの役割です。
ご相談いただいた場合、まず現状の株主構成と議決権比率を一緒に整理するところから始めます。そのうえで、どの選択肢が目的に合うかを検討し、必要な専門家との連携を含めた進め方を組み立てていきます。
特例承継計画|自社株の贈与税・相続税の納税が全額猶予される選択肢
ここまで見てきた議決権の設計は、株式を「誰にどう渡すか」という話でした。もう一つ、税負担の面でも検討しておきたい制度があります。親族内承継で議決権の設計を進めるなら、あわせて「事業承継税制の特例措置」も検討する価値があります。特例承継計画を提出して要件を満たすと、自社株にかかる贈与税・相続税の納税が全額(100%)猶予されます。猶予は要件を満たしている間続き、後継者が亡くなったときや次の後継者へ株式を引き継いだときなど、一定の場合には猶予された税額が免除されます。自社株の承継にかかる税負担を大きく抑えられる可能性がある制度です。
ただし期限があります。特例承継計画の提出は令和9年(2027年)9月30日まで、株式の贈与・相続の実行は令和9年12月31日まで(実行期限は延長されない見込み)です。提出期限が延びても実行期限は延びていないため、「まだ余裕がある」とは言えません。適用の可否は個社の要件次第で、要件を満たさなくなると猶予が打ち切られる点も含め、税務上の判断は税理士との確認が必要です。
特例承継計画書の作成は、次のページでご案内しています。
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事業承継をまとめて確認したい方へ
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よくある質問|親族内承継と議決権集約

Q. 属人的株式は、どんな会社でも使えますか?
A. 属人的株式は、株式の譲渡に会社の承認が必要な非公開会社に限って使える制度です。公開会社では利用できません。
Q. 種類株式を発行するには、どんな手続きが必要ですか?
A. 定款を変更したうえで、株主総会の特別決議(議決権の3分の2以上の賛成)を経る必要があります。あわせて登記の手続きも必要です。
Q. 属人的株式は、後継者に相続・譲渡した後も効力が続きますか?
A. いいえ。属人的株式は株主本人に紐づく制度のため、相続・譲渡が発生すると通常の1株1議決権に戻ります。効力を引き継がせたい場合は、別の設計を検討する必要があります。
Q. 拒否権付株式(いわゆる黄金株)を持ち続けると、どんな影響がありますか?
A. 重要事項への拒否権を握り続けられる一方、後継者の経営判断が思うように進まなくなる可能性もあります。保有する期間をあらかじめ区切っておく、といった工夫もあわせて検討します。
Q. 家族信託と種類株式は、併用できますか?
A. 制度上は組み合わせて設計することも可能です。ただし設計が複雑になりやすいため、専門家を交えて慎重に検討することをおすすめします。目的が重なる部分もあるため、まずは何を優先したいかを整理してから組み合わせを検討すると進めやすくなります。優先順位が定まっていないまま複数の制度を同時に検討すると、かえって話が複雑になり、決定が長引く原因にもなります。
Q. 議決権の設計は、相続税や贈与税の評価に影響しますか?
A. 株式の内容によって評価の考え方が変わる場合があります。個別の税務上の判断は、税理士に確認することが必要です。
Q. 特例承継計画とは、どう関係しますか?
A. 議決権の設計と特例承継計画は別の制度ですが、どちらも自社株の承継に関わるため、あわせて検討すると全体の見通しが立てやすくなります。
Q. 議決権の設計は、いつごろから検討を始めるとよいですか?
A. 後継者への株式移転を具体的に考えはじめた時点が目安です。定款変更や信託契約の準備には一定の時間がかかるため、直前になって慌てないよう、余裕をもって着手することをおすすめします。
Q. 定款の変更は、自社だけで進められますか?
A. 株主総会の決議や登記の手続きが必要なため、司法書士など専門家と連携して進めるのが一般的です。
Q. 議決権を残す設計は、後継者に伝えたほうがよいですか?
A. はい。後継者に知らせないまま設計を進めると、後になって不信感につながりかねません。目的と仕組みを事前に共有し、納得したうえで進めることが大切です。
まとめ

親族内承継では、株式の名義を渡すことと、経営の実権を委ねるタイミングを分けて設計できます。種類株式・属人的株式・家族信託には、それぞれ登記の要否や効力が続く条件に違いがあるため、目的に合わせて選ぶことが大切です。
後継者が経験を積む時間を確保しながら、他の相続人との関係も壊さず、取引先・金融機関からの信用も守り続ける。そのための設計は、法務・税務・経営の視点をあわせ持って進める必要があります。一度に完璧な形を目指す必要はなく、現状の把握から少しずつ進めていけば十分です。
私たちKICKコンサルティング株式会社(銀座本社)は、中小企業診断士・事業承継士として、現状の株主構成の整理から、専門家との連携まで伴走します。
「まだ早い」と思って先送りしてきた方こそ、今が動きやすいタイミングです。下期に入り、来期の体制を考えるこの時期に、一度現状を整理してみませんか。
ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。その場でのご契約や、しつこい営業もありません。お断りいただいて構いません。まずは現状をお聞かせください。
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この記事は事業承継に関する論点の一つです。親族内承継・従業員承継・M&A・事業承継税制の違いや進める順番は、事業承継コンサルティングのページでご確認いただけます。








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