
決算書を見れば、たしかに黒字。売上も前年を超えている。それなのに、通帳の残高だけが静かに減っていく。月末が近づくたびに、資金繰り表とにらめっこして、支払いの順番を組み替える。そんな夜を過ごされている経営者の方は、決して少なくありません。
「うちの経営が下手なのではないか」「見積もりの精度が甘いのではないか」。そう自分を責めてしまう社長ほど、実は現場を誰よりも見ています。しかし、数字を丁寧に追いかけていくと、原因が経営者個人の能力ではなく、取引構造そのものにあるケースが圧倒的に多いのです。
利益が残らないのは、あなたの努力が足りないからではなく、上がったコストの半分近くを自社で吸収させられているからです。
この記事は、中小企業診断士(経済産業大臣登録)として年商5億〜50億円規模の企業を支援してきた立場から、公的統計の一次情報だけを根拠に、いま何が起きているのかを整理したものです。KICKコンサルティング株式会社(銀座本社)の支援現場で実際に扱っている論点を、そのままお伝えします。
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数字が示す現実|2025年度の倒産1万425件、建設業は過去10年最多

まず、感覚ではなく事実から確認します。帝国データバンクの倒産集計2025年度報(2025年4月〜2026年3月)によれば、全国の企業倒産は1万425件。前年度の1万70件から3.5%増え、4年連続で前年度を上回り、2年連続で年度1万件を超えました。
業種別に見ると、建設業は1,932件から2,041件へと5.6%増加し、過去10年で最多を記録しています。不動産業も296件から309件へ増加。サービス業(2,677件)と小売業(2,233件)にいたっては、2000年度以降で最多を更新しました。
注目すべきは、倒産の中身です。
| 倒産の類型 | 2025年度件数 | 最多業種 |
|---|---|---|
| 物価高倒産 | 963件(過去最多を更新) | 建設業247件 |
| 人手不足倒産 | 441件(初の400件超) | サービス業114件・建設業112件 |
| 後継者難倒産 | 533件(3年連続500件超) | 建設業123件 |
| 公租公課滞納型倒産 | 221件(97.3%が破産) | 建設業62件 |
| ゼロゼロ融資後倒産 | 625件(2年連続減少) | 小売業146件 |
物価高、人手不足、後継者難、公租公課滞納。この4類型すべてで建設業が最多、もしくは上位に入っています。しかも規模別に見ると、負債5000万円未満の倒産が6,475件で全体の62.1%、資本金1000万円未満と個人事業を合わせると7,580件で72.7%を占め、いずれも2000年度以降で最多でした。
業歴30年以上の企業の倒産も3,278件で全体の31.4%。長く地域を支えてきた会社が、いま静かに退場しています。
倒産しているのは、経営が下手な新興企業ではありません。30年以上の実績を持つ、地元で信頼されてきた会社です。
問題の本質|法律は変わった、それでも転嫁率は54.2%

2026年1月1日、下請法が約20年ぶりの大改正を受け、「中小受託取引適正化法(取適法)」として施行されました。中小企業庁の公式サイト「ミラサポplus」でも案内されているとおり、改正の柱は明快です。
- 価格協議の求めに応じない、必要な説明を行わないなど、一方的に価格を決定する行為の禁止
- 手形払いの禁止(電子記録債権やファクタリングも、支払期日までに満額を得ることが困難なものは禁止)
- 振込手数料を受注側に負担させることの禁止
- 従業員数300人(役務提供委託等は100人)という従業員基準の新設による適用対象の拡大
- 「親事業者」は「委託事業者」、「下請事業者」は「中小受託事業者」へ用語を変更
従来は資本金基準のみで判断していたため、資本金を小さく設定した大企業との取引が規制の外にこぼれ落ちていました。従業員基準が加わったことで、この抜け道は狭まっています。
では、法律が変わって現場はどうなったのか。経済産業省が2026年6月26日に公表した「価格交渉促進月間(2026年3月)フォローアップ調査」の結果を見てみます。中小企業30万社に配布し、69,625社が回答した大規模調査です。
| 調査項目 | 2026年3月時点 | 前回比 |
|---|---|---|
| 価格交渉が行われた割合 | 90.7% | 微増 |
| 価格転嫁率(全体) | 54.2% | 約1ポイント増 |
| 原材料費の転嫁率 | 55.7% | — |
| 労務費の転嫁率 | 50.0% | — |
| エネルギーコストの転嫁率 | 48.9% | — |
| 官公需の価格転嫁率 | 48.4% | 約4ポイント減 |
交渉のテーブルには9割が着いている。それなのに、転嫁できたのはコスト上昇分の54.2%。労務費にいたっては、ちょうど半分の50.0%です。賃上げのために人件費を100上げたとして、価格に反映できたのは50。残りの50は、そのまま自社の利益から差し引かれています。
さらに深刻なのが官公需です。48.4%と全体平均を下回るうえ、前回調査から約4ポイント低下しました。中小企業庁は、都道府県や市区町村の転嫁率が国等に比べて低い傾向にあると指摘しています。公共工事の比率が高い建設会社ほど、この逆風を正面から受ける構造です。
交渉しているのに残らない。ここが、この問題のいちばん残酷なところです。
利益が残らない3つの原因

原因1|取引階層が深いほど転嫁率が下がる「多重下請けの重力」
中小企業庁の調査は、受注企業の取引階層が深くなるにつれて価格転嫁の割合が低くなる傾向を、はっきりと指摘しています。1次請けと4次請け以上の差は今回縮小したものの、構造そのものは消えていません。
建設業では、元請から1次、2次、3次と工事が流れる過程で、各階層が少しずつコストを削り取っていきます。元請が発注者から10%の値上げを勝ち取っても、3次請けに届く頃には2〜3%になっている。これは誰かの悪意ではなく、階層構造が生む物理法則のようなものです。
都道府県別のデータも示唆的です。中小企業庁によれば、上位の都道府県と下位の都道府県で価格転嫁率に20%以上の差が生じています。同じ工事、同じ品質でも、どこで、誰と、何次で取引しているかによって、手元に残る利益が2割変わるのです。
原因2|原価が「工事完了後」にしか分からない管理体制
支援の現場で最も多く目にするのが、これです。見積もりは過去の類似工事から作り、実行予算は組んでいるものの、実際の原価が確定するのは工事が終わって請求書がすべて揃った後。つまり、赤字だと気づいた時には、もう工事は終わっています。
資材価格が半年で15%動く時代に、着工時点の見積もりで完工まで走り切れば、差額は全額が自社負担です。しかも、価格交渉の場で「原価がいくら上がったか」を数字で説明できなければ、発注側に納得感のある根拠を提示できません。
中小企業庁の調査では、価格交渉をしたもののコスト上昇分の全額転嫁に至らなかった企業のうち、発注企業から「納得できる説明があった」と回答したのは約6割でした。裏を返せば、約4割は説明すらないまま押し切られています。ここで自社側に精緻な原価データがあるかどうかで、交渉の勝率は大きく変わります。
原価が見えない会社は、交渉のテーブルで丸腰のまま座っているのと同じです。
原因3|資金繰りの「時間差」が経営判断を歪める
建設業や製造業では、材料の仕入れと外注費の支払いが先行し、入金は工事完了後。この時間差が、そのまま運転資金の必要額になります。売上が伸びれば伸びるほど資金が苦しくなる、いわゆる増加運転資金の問題です。
ここで最も危険な選択が、社会保険料や税金の滞納です。帝国データバンクの集計では、公租公課の滞納が要因となった倒産は2025年度に221件発生し、そのうち97.3%にあたる215件が「破産」でした。滞納は金融機関のリスケジュールと異なり、売掛金や事業用口座が強制的に差し押さえられます。差押えが起きれば借入金は期限の利益を喪失し、資金繰りは一気に崩れます。
「一時的に社保を止めて資金を回す」という判断は、短期的には呼吸ができるように見えて、再建の道を自ら塞いでしまう可能性が高い選択です。この点は、支援の現場でも最初に確認する項目のひとつです。
解決の方向性|KICKコンサルティングが重視する3つの視点

視点1|2026年8月の「発注者リスト」公表を交渉材料に使う
経済産業省は、今回のフォローアップ調査を踏まえ、2026年8月上中旬に「発注者リスト」を公表する予定と発表しています。これは、発注者ごとの価格交渉・価格転嫁・支払条件の評価を記載したものです。
つまり、自社の主要取引先が「価格交渉に応じない企業」として実名で公表される可能性があるということです。発注側にとっては、レピュテーションが直接かかる局面。この公表を控えた7月から8月にかけては、発注側が交渉に応じる動機が一年で最も高まる時期といえます。
価格改定は4月と10月に行う企業が比較的多いことから、中小企業庁は前月の3月と9月を価格交渉促進月間と設定しています。9月の交渉に向けた準備を、いま始める。このタイミングには明確な理由があります。
視点2|取適法の「禁止行為」を自社の言葉に翻訳する
取適法で禁止されたのは、抽象的な「いじめ」ではありません。手形払い、振込手数料の受注側負担、協議に応じない一方的な代金決定。すべて、自社の請求書と契約書を見れば該当の有無が判断できる、具体的な行為です。
実際、支払手段を「現金のみ」とする回答は87.5%まで増加し、支払手数料を「受注側が負担している」という回答は約2割まで減少しました。一方で、支払期日が60日を超過している企業が全体の6.6%残っています。自社がこの6.6%に含まれているなら、それは交渉ではなく、法の適用を確認すべき論点です。
なお、中小企業診断士は補助金や各種申請の代行を行うことはできません。私たちが担うのは、経営者ご自身が交渉と申請を進められるようにするための、事前の整理と裏付けづくりです。
視点3|「転嫁できない相手」との付き合い方を数字で決める
すべての取引先と交渉が成立するわけではありません。だからこそ、取引先ごとの粗利率を把握し、どこに経営資源を配分するかを判断する必要があります。
帝国データバンクは今後の見通しとして、経営基盤の安定性やコスト上昇への対応力、価格転嫁の可否によって優勝劣敗が明確になり、二極化が進んでいくことは避けられないと指摘しています。同じ業界、同じ地域でも、差がつく。その分かれ目は、取引先ポートフォリオを数字で管理しているかどうかにあります。
売上を守るために赤字工事を受け続けることは、資金繰りを守ることとは両立しません。
今日から着手できる5つのアクション

- 取引先ごとの粗利率を1枚にまとめる|直近12か月の案件を取引先別に並べ、粗利率の低い順に並べ替えます。上位3社で全体の何%の売上と、何%の粗利を占めているかを確認してください。
- コスト上昇分を要素別に切り分ける|原材料費、労務費、エネルギーコストの3つに分けて、2年前と比較した上昇率を算出します。中小企業庁の転嫁率(原材料費55.7%、労務費50.0%、エネルギー48.9%)と自社の実績を突き合わせれば、どこが弱いかが見えます。
- 請求書と契約書を取適法の観点で点検する|手形払いの有無、振込手数料の負担者、支払期日が60日を超えていないかを確認します。公正取引委員会のサイトにリーフレットが公開されています。
- 13週間の資金繰り表を作る|月次ではなく週次です。3か月先の入出金を週単位で並べると、どの週にどれだけ足りないかが具体的に見えます。公租公課の納付予定は必ず含めてください。
- 9月の価格交渉促進月間に向けた説明資料を準備する|「なぜ値上げが必要か」を、原価データと公的統計で裏付けた1枚の資料にまとめます。感情ではなく数字が、交渉のテーブルを動かします。
転嫁率54.2%の時代に、経営者が握れるハンドル

利益が残らない原因は、取引階層の深さ、原価が見えない管理体制、そして資金繰りの時間差にあります。物価高も人手不足も自社の力では変えられませんが、取引先ごとの粗利を把握すること、原価を工事の途中で掴むこと、13週先の資金を見通すことは、今日から着手できます。
2026年1月に取適法が施行され、8月には発注者リストが公表される予定です。制度は、確実に受注側に有利な方向へ動いています。あとは、その制度を使える状態に自社を整えるだけです。
KICKコンサルティング株式会社(銀座本社)は、中小企業診断士(経済産業大臣登録)・MBA・事業承継士の視点から、年商5億〜50億円規模の企業の資金繰り改善と価格交渉の準備を支援しています。1,100名を超える経営相談の実績をもとに、数字で語れる状態づくりからご一緒します。
通帳の残高が気になり始めたら、それは手を打つべきサインです。まだ体力があるうちに動いた会社ほど、選べる手段が多く残ります。








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