
第三者承継(M&A)のご相談にいらっしゃる社長の多くは、最初は「会社がいくらで売れるか」という株式の譲渡価格のことしか考えていません。
後継者が社内にいない、あるいは子どもに継ぐ意思がないという状況で、社外への譲渡を決断した社長にとって、価格は何よりも気になる数字です。その気持ちは自然なことです。
ところが交渉が進むにつれて、譲渡対価の一部を「退職金」として受け取るという選択肢があることを知り、そこから検討がやり直しになることがあります。
退職金として受け取るには、事前に役員退職慰労金規程や株主総会の決議といった社内手続きが必要です。これを交渉の後半になって初めて意識すると、準備が間に合わなくなります。
下期に入り、決算や役員報酬の見直しを意識する時期に、譲渡の検討を本格化させる社長も少なくありません。時間に余裕があるうちに受け取り方の選択肢を知っておくことが、あとの交渉を楽にします。
この記事では、第三者承継(M&A)で譲渡対価と退職金をどう分けて考えるか、その基準を整理します。交渉の初期段階で整理しておけば、慌てずに条件を詰められます。
- 会社の譲渡が具体的に動き出している社長
- 譲渡価格の交渉ばかりに気を取られている方
- 退職金という受け取り方を検討したい経営者
- 契約前に整えるべき手続きを知りたい方
- 譲渡対価と役員退職金、何が違うのか
- 対価配分を検討する3つの基準
- 規程や決議を交渉のどの段階で整えるか
- 税理士・弁護士とどう連携すればよいか
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事業承継M&Aで、譲渡対価の交渉だけに気を取られる理由

第三者承継(M&A)の交渉というと、多くの社長は「株式をいくらで買ってもらえるか」という一点に意識が向きます。
もちろん譲渡価格は重要です。ただし、対価の受け取り方には、株式の譲渡代金だけでなく「退職金として受け取る」という選択肢もあります。これを知らないまま交渉が進むケースが少なくありません。
原因1|「会社を売る=株の値段を決める話」という思い込み
会社の譲渡は、経営権が移る大きな出来事です。だからこそ「価格交渉こそが本題」という意識が強くなりがちです。
仲介会社や買い手候補とのやり取りも、多くは譲渡価格の水準から始まります。そのため社長自身も「まずは値段を固めてから」という順序で考えがちです。
しかし譲渡対価の一部を役員退職金として設計すると、社長が受け取るお金の性質そのものが変わります。この選択肢の存在に気づかないまま交渉に臨むと、あとから条件を見直す手間が生じます。
買い手候補の中には、退職金という受け取り方に慣れている会社もあれば、株式譲渡の一括払いしか想定していない会社もあります。相手の理解度によって、交渉の進め方も変わってきます。
原因2|退職金として受け取る前提の手続きに気づくのが遅い
退職金として受け取るには、役員退職慰労金規程が整っていることや、株主総会・取締役会の決議を経ていることが前提になります。
長年の付き合いのある会社ほど、規程そのものを作らずに経営してきたケースも珍しくありません。規程が無ければ、支給の根拠を後から示すことが難しくなります。
この手続きは、契約交渉とは別の時間がかかります。最終契約の直前になって規程が無いことに気づくと、手続きが間に合わなくなるおそれがあります。
| 見落としがちな点 | 起きやすいこと |
|---|---|
| 退職金という受け取り方の存在 | 価格交渉だけで話が完結したと思い込む |
| 規程・決議という前提条件 | 契約直前になって手続きが間に合わないと分かる |
このまま何も整理せずに交渉を進めるとどうなるでしょうか。
退職金という選択肢を知らないまま最終契約の条件が固まる。そのあとで規程や決議の不備に気づく。急いで規程を整備しようとしても、株主総会の開催や取締役会の手続きには時間がかかる。契約のスケジュールに間に合わせようとして、条件面で譲歩を迫られる。結果として、受け取り方を選べる余地があったのに、それを生かせないまま契約を終えることになります。
放っておいて得をすることはありません。対価の受け取り方は、交渉の早い段階で選択肢として持っておくことが大切です。
親族内承継や従業員承継(MBO・EBO)では、後継者との関係の中で退職金の話が自然に出てくることも多くあります。一方、第三者承継(M&A)は買い手が社外にいるため、社長自身が意識して切り出さなければ話題に上がりにくいという違いがあります。
だからこそ、第三者承継を選んだ社長ほど、対価配分という選択肢を早めに知っておく価値があります。
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第三者承継(M&A)の進め方|対価配分を決める3つの基準

事業承継M&Aで対価の受け取り方を考えるときは、次の3つの基準で整理すると検討しやすくなります。
基準1|株式の譲渡対価と役員退職金は、性質の違うお金だと理解する
株式の譲渡対価は、株主が株式を手放す対価として買い手から受け取るお金です。
一方の役員退職金は、会社が役員としての功績に報いて支払う一時金です。最終報酬月額・在任年数・功績倍率という考え方で算定されるのが一般的で、支給には株主総会決議などの根拠が必要になります。
同じ「譲渡で受け取るお金」に見えても、性質も手続きも異なります。この違いを理解しないまま交渉を進めると、あとになって「思っていた受け取り方と違う」という食い違いが起きやすくなります。
退職所得としての税務上の取扱いは、株式の譲渡益とは別の制度に基づきます。対価の配分によって手取りの実額が変わり得るため、具体的な判断は税理士に確認しながら進める必要があります。
基準2|対価配分の話は、交渉の初期段階で買い手に切り出す
対価配分の検討は、意向表明や基本合意の前後という早い段階で持ち出すのが基本です。
買い手にとっても、資金の支払い方は経営計画にかかわる話です。早い段階で共有されれば、買い手側も資金繰りを含めて検討する余地が生まれます。
最終契約の直前になってから切り出すと、買い手にとっても検討する時間が足りず、調整が難しくなります。早い段階で選択肢として共有しておけば、双方が納得できる着地点を探しやすくなります。
基準3|税理士・弁護士と一緒に、規程と決議の要否を早めに確認する
役員退職慰労金規程が無い会社は、まず規程そのものを整える必要があります。規程の整備には、株主総会や取締役会での決議という手続きが伴います。
契約条項の調整は弁護士、税務上の取扱いは税理士の領域です。それぞれの専門家に個別に相談すると、承継全体としての整合性が取りにくくなることがあります。
KICKはこれらの専門家と役割分担しながら、いつ・何を・誰に確認するかという承継全体の進め方を設計する立場で伴走します。
配分を考えるときに、あわせて見ておきたい視点
対価配分は、価格の交渉と切り離して決められるものではありません。会社の資金繰りや、買い手側の資金調達の状況によっても、無理のない配分は変わります。
社長ご自身の生活設計や、譲渡後にどのような形で会社と関わり続けるかという意向も、配分を考えるうえでの材料になります。後継者が社内にいない状態で第三者承継を選ぶ場合は、退任後の関わり方も含めて整理しておくと安心です。
顧問先の会社が同じような場面に直面したとき、税理士も対価配分という選択肢を必ず知っているとは限りません。承継の場面に慣れた専門家と一緒に検討することで、見落としを防ぎやすくなります。
対価配分を検討するときに整理しておきたい項目を、表にまとめました。架空の記載例ではなく、一般的に確認しておきたい項目の一覧です。
| 検討項目 | 内容 |
|---|---|
| 対価の性質 | 株式の譲渡対価/役員退職金という2つの性質を切り分ける |
| 必要な社内手続き | 役員退職慰労金規程の有無、株主総会・取締役会の決議 |
| 検討するタイミング | 意向表明〜基本合意の前後という早い段階 |
| 確認する専門家 | 税理士(税務上の取扱い)・弁護士(契約条項) |
事業承継の進め方全体は、次のページでまとめています。
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対価配分を整理した先に、第三者承継で手に入る未来

対価の受け取り方を早い段階で整理しておくと、交渉の終盤で次の3つを手に入れやすくなります。
1つ目|納得できる形で、次の人生の資金計画を描ける未来
受け取り方の選択肢を知ったうえで交渉すれば、譲渡後の暮らしや新しい挑戦のための資金計画を、納得したうえで立てられます。
「知らなかった」まま契約を終えていたら得られなかった選択肢を、自分の意思で選べたという実感も残ります。
2つ目|土壇場で慌てず、落ち着いて最終契約に臨める未来
規程や決議を早めに整えておけば、最終契約の直前になって手続きに追われることがありません。落ち着いて契約書の中身を確認する時間が確保できます。
時間の余裕は、契約条項を一つひとつ丁寧に確認する余裕にもつながります。急かされて読み飛ばすことがなくなります。
3つ目|買い手との信頼関係を保ったまま契約を終えられる未来
対価配分の話を早い段階で共有しておけば、交渉の終盤で急に条件を持ち出すこともなくなります。買い手との信頼関係を保ったまま、契約を終えられます。
従業員や取引先に対しても、落ち着いた引き継ぎができます。慌ただしい交渉の余波が、譲渡後の会社に残らずに済みます。
長年築いてきた会社を次の担い手に託すという決断は、社長にとって人生の大きな節目です。対価の受け取り方まで含めて納得できていれば、その節目を前向きな気持ちで迎えられます。
会社を譲渡したあとの人生を、納得できる形で共に手に入れましょう。
自社だけで進める限界と、事業承継士による伴走支援

対価配分の検討には、税務・法務・株主総会の手続きという複数の専門分野がかかわります。社長お一人ですべてを把握しながら交渉を進めるのは、現実的に大きな負担です。
仲介会社は主に買い手探しと契約条件の調整を担い、税理士は税務上の取扱いを担います。それぞれの専門家を否定するものではありませんが、複数の専門家を横につなぎ、承継全体を見渡して設計する役割は手薄になりがちです。
「仲介会社には価格交渉を任せているが、退職金の話まで相談していいのか分からない」というお声もよく伺います。誰に何を相談すればよいか迷うこと自体が、承継を難しくしている一因です。
専門分野ごとに窓口が分かれていると、それぞれの専門家が把握している情報にも差が出てきます。社長ご自身が全体の橋渡し役を担うのは、交渉の最中には大きな負担になります。
KICKコンサルティング株式会社(銀座本社)は、中小企業診断士・事業承継士として、法人支援150社以上の実績を持つ認定経営革新等支援機関です。東京(銀座本社)が拠点ですが、全国オンラインで対応しています。
対価配分の検討はもちろん、規程整備の進め方の整理、税理士・弁護士といった専門家との橋渡しまで、承継全体の設計を伴走します。仲介そのものを担うのではなく、社長の立場に立って全体像を整理する役割です。
すでに買い手候補との交渉が始まっている場合でも、最終契約の前であれば整理できることは多くあります。「今さら聞けない」と抱え込まず、進んでいる段階からでもご相談いただけます。
「税理士や弁護士との窓口を一本化してほしい」というご相談にも対応します。譲渡の交渉と並行して、退職金という受け取り方の準備を一緒に進められます。
特例承継計画|親族内・従業員承継を選ぶ場合の選択肢として
第三者承継(M&A)で株式を買い手に譲渡する場合、自社株の贈与税・相続税を猶予する「事業承継税制の特例措置」は基本的に対象外です。ただし、親族内承継や従業員承継(MBO・EBO)を選ぶ場合の選択肢として、あわせて知っておく価値があります。特例承継計画を提出して要件を満たすと、自社株にかかる贈与税・相続税の納税が全額(100%)猶予されます。猶予は要件を満たしている間続き、後継者が亡くなったときや次の後継者へ株式を引き継いだときなど、一定の場合には猶予された税額が免除されます。自社株の承継にかかる税負担を大きく抑えられる可能性がある制度です。
ただし期限があります。特例承継計画の提出は令和9年(2027年)9月30日まで、株式の贈与・相続の実行は令和9年12月31日まで(実行期限は延長されない見込み)です。提出期限が延びても実行期限は延びていないため、「まだ余裕がある」とは言えません。適用の可否は個社の要件次第で、要件を満たさなくなると猶予が打ち切られる点も含め、税務上の判断は税理士との確認が必要です。
特例承継計画書の作成は、次のページでご案内しています。
贈与税・相続税ゼロ円での事業承継を実現するには 親族や後継者へ事業を引き継ぎたいが、贈与税や相続税の負担が心配 後継者への株式移転で多額の税金が発生しそう 承継後の資金繰りや経営安定性も確保したい できるだけ早く承継計画を整えたい ...
事業承継と法人保険をまとめて確認したい方へ
後継者が押さえたい相続税・贈与税への備え、特例承継計画、法人保険の活用法をまとめています。
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事業承継M&Aのよくある質問|退職金と対価配分の疑問を解消

Q. 退職金として受け取るには、事前に何を準備すればいいですか?
A. 役員退職慰労金規程が整っていること、株主総会や取締役会の決議を経ていることが前提になります。規程が無い会社は、まず規程そのものを整備する必要があります。規程の整備には一定の時間がかかるため、交渉が始まる前から準備しておくと安心です。
Q. 退職金の金額はどう決まりますか?
A. 最終報酬月額・在任年数・功績倍率という考え方で算定されるのが一般的です。具体的な金額は会社の規程や実態にもとづいて個別に検討します。同業他社の水準を参考にする場合も、自社の規程に沿っているかを確認する必要があります。
Q. 役員退職慰労金規程が無い会社は、退職金として受け取れませんか?
A. 規程が無いまま支給すると、支給根拠が不明確になります。交渉と並行して規程を整備すれば選択肢に入りますが、時間がかかるため早めの着手が必要です。株主総会の開催時期も見込んでスケジュールを組む必要があります。
Q. 退職金として受け取ると、税金の扱いはどう変わりますか?
A. 退職所得としての税務上の取扱いは、株式の譲渡益とは別の制度にもとづきます。個々の状況で有利・不利は変わるため、具体的な判断は税理士に確認する必要があります。会社側の損金算入の扱いも含めて、双方の税理士を交えて詰めるのが実務的です。
Q. 買い手はなぜ退職金での支払いに応じてくれるのですか?
A. 支払いのタイミングや資金負担の組み立て方によって、買い手側にも検討の余地が生まれることがあります。応じるかどうかは交渉次第で、必ず応じてもらえるものではありません。買い手の資金調達の状況によっても、応じやすさは変わります。
Q. 対価配分の話は、いつ買い手に切り出せばいいですか?
A. 意向表明や基本合意の前後という、交渉の初期段階が基本です。最終契約の直前では調整の時間が足りなくなります。基本合意書の段階で大まかな方向性を共有しておくと、後の交渉が進めやすくなります。
Q. 事業譲渡の場合も、同じように退職金を検討できますか?
A. 株式譲渡と事業譲渡では、経営権や雇用契約の扱いが異なります。役員退職金の検討自体は可能ですが、前提となる手続きが変わるため、個別に確認が必要です。事業譲渡では譲渡する事業の範囲によっても考え方が変わります。
Q. 特例承継計画は第三者承継(M&A)にも関係しますか?
A. 株式を買い手に譲渡する形の第三者承継では、事業承継税制の特例措置は基本的に対象外です。親族内承継や従業員承継を選ぶ場合の選択肢として知っておくとよいでしょう。譲渡を決める前に複数の承継の形を比較する材料にもなります。
Q. 税務上の注意点はありますか?
A. 対価配分の税務上の取扱いは、会社や個人の状況によって変わります。個別の税務判断・申告は税理士の領域です。会社の顧問税理士がいる場合も、承継の場面では早めに相談しておくことをおすすめします。
Q. 事業承継コンサルにはいつ相談すればいいですか?
A. 譲渡の検討を始めた段階、遅くとも意向表明の前が目安です。早いほど、対価配分を含めた選択肢を広く検討できます。すでに交渉が進んでいる場合でも、最終契約の前であれば整理できることは多くあります。
まとめ
第三者承継(M&A)の交渉では、株式の譲渡価格ばかりに意識が向きがちです。しかし対価の一部を退職金として受け取るという選択肢を知っているかどうかで、交渉の進め方は変わります。
対価の性質の違いを理解する、配分の話を早い段階で切り出す、専門家と一緒に規程・決議を確認する。この3つの基準を押さえておけば、交渉の終盤で慌てることはありません。
どの基準も、交渉が動き出す前に知っているかどうかで結果が変わります。すでに交渉が進んでいる社長にとっても、いま気づくことに意味があります。
会社を譲渡したあとの人生を、納得できる形で描くために、早めの整理から始めてみませんか。
ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。その場でのご契約や、しつこい営業もありません。まずはお話をお聞かせください。
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この記事は事業承継に関する論点の一つです。親族内承継・従業員承継・M&A・事業承継税制の違いや進める順番は、事業承継コンサルティングのページでご確認いただけます。







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