
上期の数字が固まり、下期の経営方針を考え始めるこの時期に、会社の将来をどうするか——そんな問いが頭をよぎる社長は少なくありません。
第三者承継(M&A)で会社を託す相手を探すとき、譲渡価格と同じくらい気になるのが、長年働いてきた従業員の雇用がどうなるかではないでしょうか。
何も条件を決めないまま話を進めると、従業員の処遇は譲渡先の判断に委ねられてしまいます。
この記事では、事業承継M&Aで従業員の雇用を守るために、譲渡条件へどう組み込むかを4つの手順で整理します。
中小企業診断士・事業承継士として法人支援を重ねてきた立場から、株式譲渡と事業譲渡で扱いが違う点や、従業員への伝え方まで具体的にお伝えします。
読み終える頃には、従業員も会社も守りながら承継を進めるための道筋が見えているはずです。
- 会社を譲渡する相手を探し始めた社長
- 従業員の雇用維持を条件にしたい経営者
- 株式譲渡と事業譲渡の違いを知りたい方
- 譲渡後も従業員に安心して働いてほしい方
- 従業員への配慮が後回しになりやすい理由
- 株式譲渡と事業譲渡で変わる雇用契約の扱い
- 譲渡条件に雇用維持を盛り込む4つの手順
- 従業員への伝え方のタイミング
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事業承継M&Aで従業員への配慮が後回しになる理由

第三者承継(M&A)の話し合いが始まると、経営者の関心はどうしても譲渡価格や契約条件に集中します。
「従業員のことは、話がまとまってから考えればいい」——そう考えてしまう社長は珍しくありません。
ですが、従業員の雇用条件を後回しにすると、契約が固まってからでは交渉の余地が小さくなってしまいます。
「譲渡条件」の話し合いは価格が中心になりやすい
譲渡先候補との交渉では、価格・支払い方法・引継ぎのスケジュールといった数字が先に議論されます。
従業員の処遇は「基本合意ができてから詰める話」として、後半に回されがちです。
しかし価格の合意が先行してしまうと、雇用維持を条件として盛り込む交渉力が弱まることがあります。
従業員への配慮が抜け落ちると起きること
中小企業庁が公表している調査でも、会社を譲渡する経営者が重視する条件として、価格だけでなく「従業員の雇用の維持」を挙げる声は少なくありません。
それにもかかわらず、契約書に具体的な条件として明記しなければ、譲渡後の処遇は譲渡先の経営判断に委ねられます。
給与水準の引き下げや配置転換、最悪の場合は雇用そのものが続かないという事態も起こり得ます。
従業員が不安を感じて交渉の途中で離職してしまえば、会社の価値そのものが下がり、譲渡の話自体が難航することにもつながります。
特に、現場の技術や取引先との関係を支えている中核人材が抜けてしまうと、譲渡先が評価していた会社の強みそのものが失われかねません。
影響を受けるのは従業員本人だけではありません。
その家族の暮らしや、長年取引を続けてきた取引先の受け止め方にも及びます。
「あの会社は従業員を大切にしたまま引き継いだ」という評判は、地域や業界の中で経営者自身の信用にもつながっていきます。
従業員への配慮は、情に流された話ではなく、承継そのものを成功させるための実務上の要点なのです。
何もしないまま進めるとどうなるか
雇用維持の視点を持たないまま話を進めると、次のような形で表れてくることがあります。
| 段階 | 起こりやすいこと |
|---|---|
| 交渉の初期 | 価格の話が先行し、雇用条件の議論が後回しになる |
| 基本合意の前後 | 従業員に情報が漏れ、不確かな噂だけが先に広がる |
| 最終契約の直前 | 条件を交渉する余地がほとんど残っていない |
| 譲渡が成立した後 | 処遇の変化に不安を感じた従業員が離職する |
こうした流れを避けるには、価格交渉が本格化する前の、できるだけ早い段階で雇用維持の方針を固めておくことが欠かせません。
「情報が漏れるのが怖い」という別の悩みもある
一方で、「早い段階で従業員に話すと、情報が外部に漏れて取引先や競合に伝わってしまうのではないか」という不安を抱く経営者もいます。
この不安自体は理解できるものですが、情報を抱え込みすぎることと、雇用維持の条件を検討しないことは別の問題です。
情報の管理と、条件の設計は並行して進めることができます。
誰に、いつ、どこまで話すかを設計することと、雇用維持の条件を契約に盛り込む準備を進めることは、切り分けて考えることができます。
事業承継M&Aで雇用維持を譲渡条件に組み込む4つの手順

従業員の雇用を守るには、思いつきで伝えるのではなく、順番に条件を固めていく必要があります。
「気持ちの上では従業員を大切にしたい」と思っていても、実際に契約条件へ落とし込むところまでできて初めて、雇用は守られます。
ポイントは4つです。
| 検討フェーズ | 主な検討事項 |
|---|---|
| ①現状の棚卸し | 従業員数・雇用形態・勤続年数・処遇の整理 |
| ②雇用維持条件の設計 | 雇用維持の期間、処遇継続の範囲、就業規則の扱い |
| ③交渉・契約への反映 | 基本合意書・最終契約書への明記、譲渡方式の確認 |
| ④引継ぎ期間のフォロー | 説明のタイミング設計、引継ぎ後の定着支援 |
現状の棚卸しから始める
まず、自社の従業員数・雇用形態・勤続年数・給与水準といった基礎情報を整理します。
正社員だけでなく、パート・契約社員がいる場合は雇用形態ごとに条件が変わることもあるため、区別して整理しておきます。
役職者と一般社員でも、譲渡先が求める役割は異なります。
誰にどのポジションを担ってほしいのかという視点も、この段階でおおまかに整理しておくと、後の交渉がしやすくなります。
この整理ができていないと、譲渡先候補に「何を維持してほしいか」を具体的に伝えられません。
頭の中で分かっているつもりでも、書面にまとめてみると、規程が古いまま更新されていなかったり、口頭の慣習だけで運用されている処遇に気づいたりすることもあります。
この段階で棚卸しの精度を上げておくことが、後の交渉をスムーズにする土台になります。
株式譲渡と事業譲渡で、雇用契約の扱いが変わる
ここで欠かせないのが、譲渡方式による違いを理解しておくことです。
株式譲渡は、会社の株主が変わるだけの取引です。会社という器はそのまま存続するため、従業員との雇用契約もそのまま続きます。
一方、事業譲渡は、資産や契約を個別に譲渡する取引方式です。会社そのものが変わるわけではないため、従業員との雇用契約は自動的には引き継がれません。
引き継ぐ場合は、対象となる従業員一人ひとりの同意を得たうえで、譲渡先の会社と改めて雇用契約を結び直す「転籍」の手続きが必要になります。
この違いを知らずに話を進めると、譲渡方式を選ぶ段階で従業員への影響を見落としてしまいます。
「価格や税務上の都合だけで譲渡方式を決めてしまい、後から従業員への影響に気づいた」という進め方は避けたいところです。
譲渡方式そのものの選び方は税理士や弁護士とすり合わせる領域ですが、従業員への影響という視点を検討の材料に加えておくことが、承継後のトラブルを防ぎます。
基本合意書・最終契約書に条件として明記する
雇用維持は、口約束では意味がありません。
基本合意書の段階から「雇用維持を前提とする」旨を盛り込み、最終契約書では維持する期間や処遇継続の範囲まで具体的に条件化します。
条件として書き込む項目の例は、雇用維持の期間、給与水準の維持、役職・配属の扱い、就業規則の適用継続などです。
すべてを一度に固めようとせず、交渉の初期段階では大枠の方針を合意し、詳細は段階ごとに順番に詰めていくという進め方が現実的です。
事業承継の全体設計の中に、こうした雇用維持の視点も含めて整理したいという場合は、事業承継コンサルティングのページで詳しくご案内しています。
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従業員へ伝えるタイミングを設計する
早く伝えすぎると、話がまとまる前に動揺や離職を招きかねません。
遅く伝えすぎると、従業員は「知らされていなかった」という不信感を抱きます。
一般的には、基本合意が固まった段階からキーパーソンへ限定的に共有し、最終契約が成立した後に全体へ説明する、という段取りが実務の目安になります。
説明の場では、雇用維持の条件をどう契約に落とし込んだかを具体的に示すと、従業員の不安をやわらげやすくなります。
「経営者が自分たちのことをきちんと考えて交渉してくれた」と伝わるかどうかで、その後の定着率は大きく変わります。
費用や具体的な進め方についても、遠慮なくご質問ください。無理なご契約をお願いすることはありません。まずは現状の整理からご一緒します。
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従業員も会社も守り切った先に手に入る未来

雇用維持を条件に組み込みながら第三者承継を進め切ると、次の3つが手に入ります。
どれも、価格交渉だけを追いかけていては手に入らないものです。
従業員が安心して働き続けられる
処遇や職場環境が維持されると分かれば、従業員は不安を抱えずに新しい体制へ移行できます。
離職による技術やノウハウの流出も防げます。
新しい経営体制のもとでも「これまでどおり働ける」という安心感があれば、従業員は前向きに引継ぎに協力してくれます。
結果として、譲渡先にとっても円滑な引継ぎにつながり、双方にとって望ましい着地点になります。
不安が少ない状態で引継ぎに臨める従業員が多いほど、譲渡後の業績も安定しやすくなります。
経営者自身が後ろめたさなく次へ進める
「従業員を置き去りにしていないか」という不安は、譲渡を決断する経営者にとって大きな心理的負担です。
条件を明確にしておくことで、退任後も胸を張って次の人生に進めます。
取引先や地域からも「きちんと従業員を守って引き継いだ」と評価されれば、経営者としての最後の仕事を誇りを持って終えられます。
それは、譲渡後の人生を前向きに歩み出すための、大切な区切りにもなります。
会社の看板と技術が次の代へつながる
従業員が定着したまま経営が引き継がれれば、取引先との関係や現場の技術も途切れずに残ります。
先代が築いてきた信用は、従業員という人を通して受け継がれていくものです。
雇用を守ることは、結果として会社そのものの価値を次の代へ届けることにもつながります。
従業員も、会社の歴史も、そして経営者自身の安心も——この3つを共に手に入れましょう。
自社だけで進める限界と、事業承継士による伴走支援

雇用維持を条件に組み込む作業は、経営者一人で抱えるには論点が多すぎます。
専門分野が分かれていて、話が噛み合わない
譲渡方式や契約条件は税理士、雇用契約の細部は弁護士や社会保険労務士、株式や登記に関わる部分は司法書士と、関わる専門家が分野ごとに分かれています。
それぞれの専門家は自分の領域では的確な助言をくれますが、全体を見渡して「何を優先すべきか」を整理してくれる人がいないまま、話だけが進んでしまうことがあります。
「税理士には税務の相談をした」「弁護士には契約書のチェックを頼んだ」——それぞれは間違っていなくても、従業員への配慮という視点が、誰の担当でもないまま置き去りになってしまうことがあります。
時間をかけられず、判断を誤るリスクもある
本業を回しながら、譲渡条件の検討や従業員への配慮まで一人で進めるのは簡単ではありません。
時間に追われて条件の詰めが甘くなれば、後になって従業員との間にトラブルが生じるリスクも高まります。
「自分たちだけで何とかなるだろう」と進めた結果、契約が成立してから雇用の話で行き違いが生じ、譲渡先との関係がぎくしゃくしてしまうことも起こり得ます。
だからこそ、全体設計を任せられる専門家に伴走してもらう経営者が増えています。
事業承継士として、全体を見渡す立場で伴走する
KICKコンサルティング株式会社(銀座本社)は、中小企業診断士・事業承継士として、法人支援150社以上の実績があります。
税理士・弁護士・社会保険労務士といった専門家と役割を分けながら、雇用維持の条件設計から譲渡先との交渉の進め方まで、全体を見渡して伴走します。
他の専門家を否定するのではなく、バラバラになりがちな話をつなぐことがKICKの役割です。
現状の棚卸しから、譲渡条件の整理、従業員への伝え方の設計まで、経営者お一人で抱え込まずに一緒に進めていきます。
具体的に一緒に整理する内容
初回のご相談では、自社の現状(従業員構成・処遇・承継の検討状況)をヒアリングし、どこから手をつけるべきかを一緒に整理します。
そのうえで、雇用維持の条件をどう設計し、いつ誰にどう伝えるかという段取りまで、具体的な形に落とし込んでいきます。
必要に応じて、税理士や弁護士など他の専門家との連携もご案内します。
「誰に何を相談すればいいか分からない」という状態から、一つずつ整理していけます。
ご相談いただいても、しつこい営業は一切ありません。その場でのご契約をお願いすることもありません。お気軽にご相談ください。
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事業承継M&Aのよくある質問

Q. 第三者承継(M&A)で、従業員の雇用は必ず守られますか?
A. 自動的に守られるわけではありません。契約書に雇用維持の条件として明記しなければ、処遇は譲渡先の判断に委ねられます。譲渡が成立した後になってから条件を持ち出しても、交渉の余地はほとんど残っていません。基本合意の段階から方針として盛り込んでおくことが重要です。
Q. 株式譲渡と事業譲渡で、従業員の扱いはどう違いますか?
A. 株式譲渡は会社の株主が変わるだけなので、雇用契約はそのまま続きます。事業譲渡は資産や契約を個別に譲渡する取引のため、雇用契約は自動的には引き継がれず、従業員一人ひとりの同意を得て転籍する手続きが必要です。どちらの方式を選ぶかによって、従業員への説明の仕方も変わってきます。
Q. 従業員にいつ伝えればいいですか?
A. 早すぎると動揺を招き、遅すぎると不信感につながります。基本合意後にキーパーソンへ限定的に共有し、最終契約後に全体へ説明する、という段取りが実務上の目安です。伝える順番と範囲を事前に決めておくことで、現場の混乱を抑えられます。
Q. 給与や役職はそのまま引き継がれますか?
A. 保証されるものではなく、交渉次第です。処遇を継続する範囲(給与水準、役職、勤務地など)を契約条件として明記しておく必要があります。曖昧なまま合意すると、後から解釈の違いが生じることもあります。
Q. 従業員から反対されたらどうすればいいですか?
A. 不安の中身を丁寧に聞き取り、雇用維持の条件を分かりやすく説明することが基本です。「何が変わり、何が変わらないのか」を具体的に示すと、不安が和らぐことが多いです。伝え方の順序を誤らないことも大切です。
Q. 譲渡先候補が雇用維持に前向きかどうか、どう見極めればいいですか?
A. 価格交渉の姿勢だけでなく、従業員体制や企業文化についてどれだけ質問してくるかを見ると、方針の違いが見えてきます。従業員のことをほとんど質問してこない相手には、条件面での確認をより丁寧に行う必要があります。
Q. 退職金や弔慰金の規程はどうなりますか?
A. 規程がそのまま引き継がれるかどうかは契約次第です。事前に自社の規程を整理し、引継ぎの可否を交渉材料にしておくことが重要です。規程が長年見直されていない場合は、この機会に整備しておくことも検討に値します。
Q. 雇用維持の条件を厳しくすると、譲渡価格に影響しますか?
A. 一般論として、条件を厳しくしすぎると交渉の柔軟性が下がる場合があります。価格と条件のバランスを総合的に見極める必要があり、断定的に「必ず下がる」「必ず上がる」とは言えません。個別の状況によって変わります。
Q. 個人保証や登記の手続きも一緒に相談できますか?
A. 個人保証の解除交渉は金融機関との調整、登記は司法書士の領域です。KICKは中小企業診断士・事業承継士として、全体の設計とそれぞれの専門家との連携を担います。窓口を一本化したい場合にお役に立てます。
Q. 従業員数が少ない会社でも、同じように考えるべきですか?
A. はい。人数が少ないからこそ、一人ひとりの処遇や役割が会社の運営に直結します。従業員数が多い会社以上に、個別の事情を丁寧に確認しておく必要があります。
Q. 相談はいつから始めるのがいいですか?
A. 従業員の現状整理だけでも一定の時間がかかります。譲渡の検討を始めた早い段階でのご相談をおすすめします。「まだ話がまとまっていないから」と様子を見ているうちに、準備の時間が足りなくなるケースは少なくありません。
まとめ
第三者承継(M&A)は、会社の看板と技術、そして従業員の暮らしを次の代へつなぐ大きな決断です。
価格や契約のスケジュールに気を取られ、従業員への配慮を後回しにすると、譲渡そのものが不安定になりかねません。
①現状の棚卸し、②雇用維持条件の設計、③契約への反映、④伝えるタイミングの設計——この4つの手順を踏めば、従業員も会社も守りながら承継を進められます。
数字や税務の話は専門家に任せられても、「従業員をどう守るか」という視点は、経営者自身が意思を持たなければ抜け落ちてしまいます。
現状の棚卸し、雇用維持条件の設計、契約への反映、伝えるタイミングの設計——順番を守って進めれば、決して難しい話ではありません。
先送りにしてきたとしても、今日から動き始めれば、雇用維持の条件を交渉に反映させる時間はまだ十分にあります。
まずは自社の現状を整理するところから、一緒に始めてみませんか。
ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。その場でのご契約や、しつこい営業もありません。お断りいただいて構いません。
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