
会社を売る決断ができても、そのあとに社長個人の保障がどうなるかまで考えている経営者は多くありません。在任中は会社が保険料を払い、社長に何かあれば会社が保険金を受け取る形になっていた契約が、退任と同時にそのまま宙に浮いてしまうケースは珍しくないのです。
上期末が近づき、決算や契約の区切りに合わせて事業承継M&Aのスケジュールを詰めている経営者もいる時期ではないでしょうか。譲渡の条件や従業員の処遇には目が行っても、社長自身の保険がどうなるかは後回しになりがちです。
結論から言うと、会社を離れる前に「法人保険」と「個人保険」の役割を仕分けし直しておけば、保障の空白は防げます。ただし、何をどの順番で点検するかを知らないまま進めると、譲渡が終わったあとで気づいて慌てることになります。
この記事では、中小企業診断士・事業承継士として法人支援150社以上に携わってきた立場から、事業承継M&Aの前後で社長個人の保険を見直す3つの手順を整理します。読み終える頃には、何から手をつければいいかが具体的に分かる状態を目指します。
- 会社の第三者承継(M&A)を検討している方
- 自分にかけている法人保険の扱いが気になる方
- 譲渡後の家族の保障に不安がある方
- 法人保険と個人保険の違いが曖昧な方
- 事業承継M&Aで社長個人の保障に空白が生まれる理由
- 契約を会社に残す・個人へ移す・解約するの仕分け方
- 法人保険と個人保険を見直す3つの手順
- 損金算入のルールと税理士に確認すべきこと
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事業承継M&Aで社長個人の保障に空白が生まれる理由

中小企業では、社長に万一のことがあった場合の運転資金や、借入の返済原資を確保する目的で、会社が契約者となり社長を被保険者とする法人保険に加入していることが多くあります。会社を守るための契約であり、それ自体は理にかなった備えです。
ところが第三者承継(M&A)で会社を譲渡すると、この契約の前提が崩れます。株式譲渡であれば契約はそのまま買い手側の会社に残りますが、契約者・被保険者・受取人の関係を洗い出さないまま放置すると、譲渡後に社長個人が誰からも保障されていない状態に気づかないまま時間が過ぎることになります。
会社の保障と個人の保障は目的が別物
法人保険は「会社が受け取り、会社のために使う」契約です。一方、社長本人や家族の生活を守る保障は、本来は個人が契約者となる「個人保険」の役割です。事業承継の議論では、この2つが同じ「保険」という言葉でひとまとめに語られがちですが、目的が違います。
会社を経営している間は、法人保険が結果として社長個人の安心にもつながっていたかもしれません。しかし会社を離れれば、その安心はそのまま個人には引き継がれません。ここに気づかないまま譲渡を終えてしまう経営者は少なくないのです。改めて整理すると、両者の違いは次のようになります。
| 項目 | 法人保険 | 個人保険 |
|---|---|---|
| 契約者 | 会社 | 社長本人 |
| 保険料の出どころ | 会社の経費 | 個人の家計 |
| 主な目的 | 運転資金・借入の保全・退職金の準備 | 本人・家族の生活保障 |
| 退任後の扱い | 会社に残る(本人は対象から外れることが多い) | 本人が契約者のまま継続できる |
放置すると起きること
会社を離れる直前まで契約の仕分けをしていないと、次のようなことが起きます。
- 退任と同時に法人保険が失効し、個人の保障が何も残っていない
- 解約返戻金のある契約を、内容を確認しないまま解約してしまう
- 個人保険への切替を検討する時間が足りず、健康状態の理由で入り直せない
- 役員退職慰労金の受け取りと保険の整理がバラバラに進み、資金の流れが分かりにくくなる
- 買い手企業から契約内容の確認を求められたとき、すぐに資料を出せない
いずれも、譲渡の交渉が本格化する前に一度点検しておけば防げることです。事業承継の実務では、株式や従業員の処遇に議論の時間の大半が割かれ、社長個人の保険は最後まで後回しにされがちだからこそ、早い段階で洗い出しておく価値があります。
法人保険が複数に増えていく典型的な理由
創業期に事業保障のために1件、金融機関から借入をしたタイミングでもう1件、役員退職慰労金の準備のためにさらに1件、というように、法人保険は経営の節目ごとに少しずつ増えていく傾向があります。加入した当時は明確な目的があったはずですが、担当者の異動や年数の経過とともに、加入の経緯そのものが社内から失われてしまうことも珍しくありません。
その結果、社長自身も「何のために、何件の契約が続いているのか」を正確に把握できていないまま経営を続けているケースが多いのです。事業承継M&Aは、こうした契約を一度棚卸しする良い機会にもなります。
個人保証(経営者保証)とは別の問題として考える
事業承継M&Aでは、社長個人が金融機関に差し入れている個人保証(経営者保証)の解除も、避けて通れない論点です。ただし個人保証の解除は借入契約そのものの話であり、この記事で扱う法人保険・個人保険の仕分けとは別の手続きになります。「保証」と「保険」は言葉が似ているだけの別物として、それぞれ個別に整理しておく必要があります。
法人保険と個人保険を仕分ける3つの手順

社長個人の保険を見直す進め方は、大きく3つの手順に分けられます。順番を守ることで、譲渡のスケジュールと保障の空白を両立させずに進められます。
なお、株式譲渡か事業譲渡かによって契約の帰趨そのものの扱いが変わる点は、取引の形を決める段階での重要な論点です。この記事では譲渡の形が決まった前提で、社長個人の保障をどう仕分けるかに絞って整理します。
手順1 いま入っている契約を洗い出す
まず、会社が契約している保険をすべて棚卸しします。契約者・被保険者・受取人が誰になっているか、保障の目的が会社のためか個人のためかを1件ずつ確認します。この時点で「何のための契約か分からない」契約が見つかることも珍しくありません。
複数の保険会社と契約している場合、証券が経理部門にまとまっていないことも多く、まず何件の契約があるのかを確認するだけでも一定の時間がかかります。決算資料や保険証券をもとに、契約日・保険期間・保険金額まで含めて一覧にしておくと、後の判断がしやすくなります。
手順2 契約を「残す・移す・解約する」に仕分ける
洗い出した契約を、株式譲渡か事業譲渡かという取引の形と、譲渡後も会社に残る役員かどうかに応じて仕分けます。会社の資金繰りや借入の保全に必要な契約は会社に残す、社長個人・家族の保障として続けたい契約は契約者を個人へ変更する、目的を終えた契約は解約する、という3つの選択肢を1件ごとに検討します。
このとき、死亡退職金や弔慰金の受取人が「会社」になっているのか「遺族」になっているのかも合わせて確認しておきます。受取人の設定は契約ごとにばらつきがあり、譲渡後にまとめて見直すのは手間がかかります。洗い出しの段階で一緒に確認しておくと、後の手戻りを減らせます。
手順3 個人保険への切替時期を役員退職慰労金の受け取りと合わせる
個人保険へ切り替える場合は、退任のタイミングや役員退職慰労金を受け取る時期とあわせて検討します。受け取り時期を見据えて早めに動けば、保障が途切れる期間をつくらずに済みます。役員退職慰労金そのものの設計は別のテーマになるため、この記事では保険の仕分けに絞って整理します。
個人保険を検討する際は、既存の保障内容をそのまま引き継ぐことを前提にせず、退任後の生活や家族構成に合わせて、あらためて必要な保障を考え直す機会と捉えると進めやすくなります。
この3つの手順を、実際にどこまで具体的に点検するかを一覧にすると、次のようになります。
| 確認する項目 | 具体的に見ること |
|---|---|
| 契約者・被保険者・受取人 | 誰が契約者か、誰の身体にかけているか、保険金を受け取るのは会社か個人か |
| 保障の目的 | 会社の運転資金や借入の保全が目的か、社長個人・家族の生活保障が目的か |
| 解約返戻金の状況 | 資産として残っているか、譲渡のタイミングでどう扱うかを個別に確認する |
| 契約の帰趨 | 会社に残す、契約者を個人へ変更する、解約するのいずれにするか |
| 切替のタイミング | 退任時期・役員退職慰労金の受け取り時期とどう合わせるか |
架空の数値で語ることはできませんが、こうした項目を1つずつ具体的に確認していくことで、譲渡後に「どうなっていたか分からない契約」を残さずに済みます。詳しくは次のページでまとめています。
事業承継専属の保険代理店という考え方 中小企業の事業承継において、法人保険は長年にわたり「とりあえず加入してきたもの」になりがちです。創業期、成長期、拡大期と、その時々の経営判断の積み重ねで保険は増え、気づけば保険料負担が重くなっているケースも少なくありません。 一方で、「保険をやめ...
なお、契約者を会社から個人へ変更する場合、経理上の扱いは契約の内容や解約返戻金の状況によって変わります。2019年(令和元年)の法人税基本通達の改正により、法人向けの定期保険等は最高解約返戻率に応じて損金算入できる割合が区分されるようになりました。「保険料は全額損金になる」と一律に語れるものではなく、契約ごとの取扱いは税理士に確認しながら進める必要があります。
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保障の空白なく事業承継を終えた先に手に入る未来

法人保険と個人保険の役割をあらかじめ仕分けておくと、事業承継のあとに具体的にどんな状態になるのか、3つの軸で見てみます。
1つ目 譲渡当日から保障の空白がない
退任の日を境に保障が途切れることなく、個人保険への切替が済んだ状態で新しい生活に入れます。「何かあったときに家族が困る」という不安を抱えたまま譲渡を終えずに済みます。譲渡そのものに集中していた時間を、退任後の生活設計に振り向けられるようになります。
2つ目 資産として残せるものを取りこぼさない
解約返戻金のある契約を、内容も確認せずに解約してしまう事態を避けられます。会社に残す契約と個人へ移す契約を仕分けたうえで判断するため、資産性のある契約を不用意に手放さずに済みます。長年払い続けてきた保険料が、最後に何の確認もなく消えてしまうという事態を防げます。何が資産として残せるかを把握しているだけでも、譲渡条件の話し合いに落ち着いて臨めます。
3つ目 役員退職慰労金の受け取りと保険の整理が1つの流れになる
退任のタイミング、役員退職慰労金の受け取り、保険の切替がバラバラに動くのではなく、1つのスケジュールとして整理できます。誰にいつ何を確認すればいいかが分かっている状態で退任日を迎えられるため、譲渡交渉の最中に慌てて考えるのではなく、落ち着いて次のステージへ進める状態を共に手に入れましょう。
自社だけで進める限界と、事業承継士による伴走支援

法人保険の契約内容は、社内の経理担当者でも全体像を把握しきれていないことがあります。担当者が変わるたびに契約書だけが引き継がれ、加入した経緯や目的が分からなくなっているケースもあります。そこに事業承継M&Aという時間の制約が重なると、契約の仕分けまで手が回らないまま譲渡を迎えてしまいます。
保険の契約内容は税理士や保険の担当者に確認できても、事業承継のスケジュール全体と結びつけて整理してくれる相手は多くありません。税理士は税務の専門家、保険の担当者は契約の専門家であり、それぞれの立場から見た部分最適な助言にとどまりやすいためです。
KICKコンサルティング株式会社(銀座本社)は、中小企業診断士・事業承継士として、法人支援実績150社以上の中で事業承継全体の設計と伴走を行ってきました。加えて、事業承継専属の保険代理店として法人保険の点検にも対応しています。税理士や保険の担当者を否定するのではなく、それぞれの専門知見を事業承継のスケジュールという1本の軸でつなぐことが、私たちの役割です。
「税理士に聞くべきことなのか、保険の担当者に聞くべきことなのか分からない」という段階からで構いません。全体を整理したうえで、必要な専門家へつなぐところまで一緒に進められます。
具体的には、いま契約している法人保険を一覧化するところから始め、契約者・被保険者・受取人の関係を整理した資料をお渡しします。そのうえで、会社に残す契約・個人へ移す契約・解約する契約の仕分け案を一緒に検討し、退任や役員退職慰労金の受け取りのスケジュールと突き合わせます。税務上の具体的な処理が必要な場面では、顧問税理士と連携しながら進めます。
KICKは中小企業庁の認定を受けた経営革新等支援機関でもあり、事業承継M&Aの相談は保険の点検にとどまらず、譲渡先探しや条件交渉、企業価値の整理といった段階からご相談いただけます。どの段階からでも、いま何を先に決めるべきかを整理するところから始められます。
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事業承継M&Aと法人保険のよくある質問

Q. 会社を譲渡すると、社長にかけていた法人保険はどうなりますか?
A. 株式譲渡であれば契約自体は会社にそのまま残ります。ただし社長が退任すれば、その契約から社長個人が保障を受けられるわけではなくなります。事業譲渡の場合は契約ごとに、事業と一緒に引き継ぐか、会社に残すか、解約するかを個別に判断します。契約書だけを見ても分からないことが多いため、譲渡先との協議にあわせて確認するのが実務的です。
Q. 個人保険に切り替えるタイミングはいつが良いですか?
A. 譲渡の交渉が本格化する前、遅くとも退任のスケジュールが固まった段階で検討を始めるのが望ましいです。健康状態によっては個人保険に入り直せない場合もあるため、余裕をもった時期に点検しておくことをおすすめします。
Q. 解約返戻金はどう扱われますか?
A. 契約の種類や加入時期によって解約返戻金の状況は異なります。断定的な金額や利回りをこの場でお答えすることはできませんが、資産として残っているかどうかを個別に確認したうえで、会社に残すか個人へ移すかを判断します。
Q. 個人で入り直す保険は、会社の保険と同じ内容にできますか?
A. 必ず同じ内容で入り直せるとは限りません。健康状態や年齢によって、加入できる保障の範囲が変わることがあります。だからこそ早めの点検が重要になります。
Q. 損金算入されていた保険料は、契約者変更でどうなりますか?
A. 2019年(令和元年)の通達改正後は、契約内容や最高解約返戻率に応じて経理上の扱いが区分されています。契約者変更にともなう具体的な処理は、契約ごとの事情によって異なるため、税理士に個別に確認してください。
Q. 役員退職慰労金の受け取りと保険の解約はどちらを先にすべきですか?
A. どちらを先にすべきかは、会社の資金繰りや退任のスケジュールによって異なります。一般論としては、両方を切り離さずに1つの流れとして検討することが望ましいです。
Q. 家族の生活保障は誰に相談すればいいですか?
A. 個人保険そのものの選び方は保険の専門家の領域です。KICKでは、事業承継のスケジュールに合わせて「いつまでに何を整理すべきか」という全体設計をお手伝いし、必要に応じて専門家へおつなぎします。何をいつ相談すべきかが分かるだけでも、進め方の不安はかなり軽くなります。
Q. 第三者承継以外(親族内承継・従業員承継)でも同じ考え方は使えますか?
A. 考え方の土台は共通しています。ただし親族内承継や従業員承継では、承継後も社長本人が会社に関わり続けることが多く、保障の空白よりも受取人や被保険者の名義変更が主な論点になります。承継の形によって重視すべき点が変わるため、記事や相談の際にどの類型(親族内承継・役員や従業員への承継・第三者承継)かを明確にしておくと話が早くなります。
Q. KICKに相談すると、保険の乗り換えを勧められますか?
A. いいえ。私たちの役割は特定の保険への加入を勧めることではなく、いまの契約が事業承継の計画と合っているかを点検することです。点検の結果、見直しが不要と分かることもあります。
Q. どのくらい前から準備を始めればいいですか?
A. 譲渡先の候補を探し始める段階、遅くとも譲渡の条件交渉に入る前には、契約の洗い出しだけでも済ませておくことをおすすめします。個人保険への切替や役員退職慰労金の準備には一定の時間がかかるため、余裕をもって着手するほど選べる選択肢が広がります。「まだ譲渡先が決まっていないから早すぎる」ということはありません。
まとめ
事業承継M&Aでは、株式の価格や従業員の処遇に議論の時間の多くが割かれ、社長個人の保険は後回しにされがちです。しかし退任と同時に保障が途切れてしまえば、会社を譲渡できても、社長本人と家族の安心までは引き継がれません。
契約を洗い出し、会社に残す・個人へ移す・解約するに仕分け、退任と役員退職慰労金の受け取り時期に合わせて切替を進める。この3つの手順を早い段階で踏んでおけば、譲渡後に慌てることはなくなります。
会社を次の代へ引き継ぐという大きな決断の陰で、社長個人の保障が置き去りにされないよう、譲渡の話が動き出す前の早い段階で一度立ち止まって点検してみることをおすすめします。契約を1件ずつ確認するだけの作業に見えても、そこから見えてくるものは少なくありません。
KICKコンサルティング株式会社(銀座本社)は、中小企業診断士・事業承継士として、法人支援実績150社以上の中で培ってきた知見をもとに、事業承継全体のスケジュールと法人保険の点検を1つの流れでご支援します。
ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。その場でのご契約や、しつこい営業もありません。お断りいただいて構いません。まずは現状をお聞かせください。
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